2020.06.19

CARS

いよいよ最後となった、マセラティ・グラントゥーリズモのMCに乗る ある種の頂点を極めたクルマ

デビューから13年を迎えたマセラティ・グラントゥーリズモ。生産はすでに終了し、MC20と呼ばれる新型スーパー・スポーツにまもなくバトンタッチする予定だが、はたして熟成を重ねた最終型の走りは、いかなるものだったのか?


村上 マセラティ・グラントゥーリズモについて何をさておいても言わないといけないのは、これが本当に最後のモデルだということ。すでにイタリアでは生産を終了している。


齋藤 もうモデナ工場の生産ラインも片付けられている。


村上 そこでは5月の終わりに登場する新しいスーパー・スポーツカー、MC20を造ることが決まっている。MCはマセラティ・コルセ、つまりマセラティ・レーシングだね。


上田 フェラーリ・エンツォと兄弟車のMC12ってモデルもありましたけど、あれは12気筒でしたよね。20ってどういう意味なんですか?


村上 2020年の20。今年はマセラティ新時代の幕開けであり、節目の年。キーワードはニュー・エラ。ついに電動化もはじまる。


上田 グラントゥーリズモはオールド・エラの最後の最後なのか。


村上 それなのにマセラティ・ジャパンは広報車を用意した。新車で乗れるのもこれが本当に最後。だから是非ともということで取り上げた。


上田 奇しくも試乗車もMCというスポーツ・グレード。価格は2257万円ですが、450万円ほどのオプションを装着しています。


齋藤 でも、MCっていう名前が付いているけど、これはGTだよね。


村上 なにせ名前がグラントゥーリズモ=GTそのもの(笑)。


齋藤 2+2人乗りでホイールベースは長く、変速機もトルクコンバーター式のATだから、変速スピードは上がっているとはいえ、さすがにデュアル・クラッチ式のようにはいかない。乗るといかにもGTだった。


上田 ところが見た目はそうじゃないんですよね。ドライ・カーボンのボンネットだけをクリア塗装にして目立たせていたり、スポーツカーというか、すごくレーシーな仕立て。


齋藤 本当はイタリアのナショナル・カラーの落ち着いた青とかが似合うはずだよ。



荒井 そんな外観の割には、乗るとちょっと重い気がした。同じ自然吸気でも、フェラーリ812が横に並ぶと、ボンネットの位置なんか、ぜんぜん高かったし。


齋藤 全長も長いし、動きそのものはおっとりしている。


上田 約1年前にオープンカー特集でグランカブリオに乗った時はボディのゆるさを感じたけど、クーペも乗ってみるとゆるかったですね。


齋藤 いかんせん基本設計が古いからね。特にボディは普通のスチール・モノコックだから、オープン・ボディを作る前提でサイドシルを強化していたりしても、なかなか厳しい。でも、このプラットフォームとパワートレインを使ったクーペだったらここしかないっていうところに全部バチン!! と追い込んである気がしたよ。


村上 たぶん一緒に乗ったクルマがみんな強烈だったから余計におっとりしていると感じたんじゃないかな。でも、スポーツカーにもいろんな味つけがあるけど、マセラティはやっぱり色気だと思った。乗っているとエロティックな気持ちよさがある。


上田 僕はつくづくエンジンを味わうクルマだなって思いました。この4.7ℓV8は、マセラティがフェラーリ傘下に入った時のエンジンが由来なんですよね?


齋藤 デトマソが倒れて、フィアットがマセラティの面倒を見ることになったけど、彼らはフェラーリに押しつけて、それであの自然吸気エンジンが生まれた。ただしフェラーリがゼロから開発したわけじゃなくて、マセラティで開発していたものを、最後にフェラーリの冶金技術や特殊材質を加えて完成したもの。フェラーリ側はそれを流用して、新しいV8やV12を派生させて、自分たちのエンジンにしたんだよ。


GTにはミュージックが必要



上田 今回試乗した中ではアストン・マーティンも同じV8エンジンでしたけど、いやはや、あそこまで違うとは。


齋藤 本当に美音だよね。これは管楽器だって思ったよ。今どきのV8は排気の脈動をターボで吸収した後にどう造るかを考えているけど、このV8は触媒を通すだけだから全然違う。標準のマフラーでここまで一生懸命に音にこだわっているのはマセラティ以外にない。同じV8自然吸気エンジンで後輪駆動といえば、かつてのコルベットもそうだったけど、やっぱりドロロロっていうアメリカンV8の音だったでしょ。ドイツ車やイギリス車も中低音で個性を出そうとしている。でも、マセラティは完全に中音で勝負している。トンネルの中だとか、プゥワーン! ってまるでラッパを吹いているみたいだよね。しかも一番きれいな音が出るのは2500回転前後。年がら年中聞くことができるようになっているわけ。スポーツカーは操縦そのものに没入することこそが喜びだけど、GTにはいい音が、ミュージックが必要なんだとあらためて思ったよ。


上田 なにせ長い時間を共にするわけですからね。


齋藤 一定速度の時は邪魔しない上に、加速していく時には高らかに唄い上げるんだよ。


村上 音だけじゃないよね。すべての感覚がGTらしく流している時に合わせてある。余裕があって、心豊かな感じになる。


齋藤 クルマを司っている、クルマの体内時計みたいなものがもしあるとすれば、マセラティは比較的ゆっくり動いている。いっぽうフェラーリなんかはものすごく速い。


上田 こっちの心臓の鼓動も一緒に上がっていっちゃいますよね。


齋藤 極度の緊張を強いない。「俺に乗る以上は分かっているだろうな?」なんて目を三角にして走れとは言ってこない。クルマに身を任せていれば、そんなあくせくした運転にはならない。


荒井 加速そのものは過給エンジンの方が圧倒的に速いんだけど、自然吸気エンジンは押され方が違うと思った。右足の踏んだ感触と加速が、がっちりシンクロしている感じ。


上田 いろんなところから、昔のクルマのような感じが伝わってくる。でもそれが嫌じゃない。むしろ人の生理を逆なでしない、心地いい感じ。


村上 オールド・エラの、ある種の頂点を極めたクルマなんだと思う。そういう意味じゃ、上田君の言う通りオールド・ファッションな感じがある。僕もそこが気持ちがいい。ニュー・エラのMC20はきっと電気で別の味を出してくるだろうけど、両方が味わえる時代に生きている僕らは本当に幸せなんだと思う。



荒井 運転する人を気持ち良くさせるという意味ではポルシェ911と同じだけど、911がすごくいい機械に触れているような気分になるのに対して、グラントゥーリズモは有機的な要因が大きい。


齋藤 だから突き詰めると、やっぱりあの音なのかな。


荒井 だから色っぽいんだと思うんですよ。


村上 やっぱり自然吸気のV8エンジンのフィーリングや、演出されたエグゾースト・サウンドはすごく影響している。それにステアリングを切って動かしていった時の優雅さだとか、内外装のデザインや細かな調度品だとか、手ざわりだとかそういうものが全部合わさると、独特の色気がスポーツカーでも出てくる。昔からマセラティにはそういう印象があるんだけど、最後のグラントゥーリズモに乗って、僕はそういう思いを新たにしたよ。これを手に入れることには、意味があると思う。


■マセラティ・グラントゥーリズモMC


駆動方式 フロント縦置きエンジン後輪駆動
全長×全幅×全高 4920×1915×1380㎜
ホイールベース 2940㎜
車両重量(前軸重量:後軸重量) 1950㎏(930㎏:1020㎏)
エンジン形式 水冷V型8気筒DOHC
総排気量 4691cc
最高出力 460ps/7000rpm
最大トルク 53.0kgm/4750rpm
変速機 6段AT
サスペンション(前) ダブルウィッシュボーン/コイル
サスペンション(後) ダブルウィッシュボーン/コイル
ブレーキ(前/後) 通気冷却式ディスク
タイヤ(前) 245/35R20
タイヤ(後) 285/35R20
車両本体価格(10%税込) 2257万円


話す人=村上 政(ENGINE編集長)+齋藤浩之+荒井寿彦+上田純一郎(まとめも、ENGINE編集部) 写真=小河原 認


(ENGINE2020年5月号)

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