スポーツカー受難の時代に突入したと言われてからけっこうな月日が経過した。もちろん日本もその例外ではないものの、世界を見渡してみると日本ほど、ラインナップの数にしろ、販売台数にしろ、スポーツカーに恵まれた市場はないのだ。
佐野 今の日本は間違いなく、世界一のスポーツカー天国だよ。
新井 日本車の現行スポーツカーにはホンダS660とダイハツ・コペン、マツダ・ロードスター、トヨタ86/スバルBRZ、スープラ、日産フェアレディZ、GT-R、レクサスRCF、LC、ホンダNSXがある。
佐野 今の日本にある計9つの乗用車ブランドのうち7つにスポーツカーがある。素直にスゴイことだ。
上田 しかも300万円台までのスポーツカーは日本車だけだし、124スパイダーやZ4を見ても、500万円台以下の手ごろな外国のスポーツカーも大半が日本との協業ですね。
新井 この価格帯で日本と無関係の輸入スポーツカーは、シボレー・カマロとアウディTTくらいか?
佐野 BMWなくして新型スープラが生まれなかったのは事実でも、このご時世、逆にトヨタが相乗りしなかったらZ4もフルモデルチェンジに踏み切れなかった可能性が高い。
新井 市場としても日本の存在感は大きい。高価なスーパーカーはどこも日本が世界上位の重要市場というけれど、それはウソではない。
上田 アルピーヌやエリーゼも日本が世界で二番目に売れている市場です。日本で買えないスポーツカーはほぼないけれど、軽のS660とコペンは日本でしか買えません。
新井 そんなスポーツカー天国の日本から、今回はスープラとロードスターという比較的手ごろな2台を連れ出した。スープラは3機種あるうちで最も手ごろなグレードとなる「SZ」。4気筒ターボを積むスープラには上級の「SZ-R」もあるが、SZはエンジン性能もより穏当で、モンローの可変ダンパーや電子制御デフも省略されて、価格は500万円を切る。いっぽうのロードスターの「RS」は、ある意味それとは正反対で、最も研ぎ澄まされたソフト・トップ・モデルの最上級グレードだ。
佐野 トヨタのテストドライバーは「自分が乗るなら、中間のSZ-R」と口をそろえる。理由は単純で、シャシーは基本的に高性能な6気筒車と同じで、そこに軽量な4気筒を積む、バランスとしては最も有利なスペックだから。ちなみにスープラのバネやダンパー、電子制御の味つけはトヨタ独自でBMWはノータッチ。
新井 今回のSZはその下にあたるグレードだけど、減衰力固定ダンパーとしてはとてもバランスがいい。速度を問わずに乗り心地も悪くないし、それでいて高速安定性はバッチリ。快適性は可変ダンパーのほうがいいだろうけど、スポーツカーだから……と気持ちよく割り切れるものには仕上がっている。
上田 SZはオールラウンダー。エンジンもスープラとしては控えめですが、32.7kgmという最大トルクはひと昔前の3.5ℓレベルだから、不足があるはずもない。派手な抑揚はなくても、とても軽快でスポーティなエンジンだと思います。
佐野 個人的にはキレのある操縦性で、エンジンもパワフルなSZ-Rがベストと思う。でも、3種類のスープラすべてを揃えて乗ることができたメディア試乗会では、SZがいい……という声も多かった。
新井 ただ、細かい振動が消し切れていない乗り心地のクセは、いかにもBMWっぽい出自を感じる。
上田 あと、SZが履く17インチ・ホイールは、純粋な見た目として小さすぎて、ちょっとタイヤが厚い。
佐野 このSZの500万円以下という価格が象徴的だけど、Z4と比較するとスープラは安い。ボディ形式の違いを考慮するにしても、実質的にZ4より60~100万円安価。Z4とスープラでこれだけ価格差があるのは日本だけで、そこはトヨタの地元市場というメリットが大きい。
新井 同じトヨタの86と比較しても、スープラSZは買い得感が高い。たとえば86でも最上級の「GR」だと506万円もする。GRは86としては圧倒的なデキを持つんだけれど、同じような値段なら素直にスープラSZのほうが魅力的に見える。動力性能やシャシー、乗り心地などの基本性能は、やっぱりスープラのほうが明らかに格上だし……。
佐野 次はロードスターだけれど、これまでのENGINE誌では、リア・スタビライザーが省略されていて、軽くてしなやかで、価格も安い「S」を推してきた。
上田 今回はあえて「RS」を連れ出しましたが、個人的にこれはいいと思いました。この味わいでブレンボ製ブレーキとレイズ製鍛造ホイールという魅力的なオプションをつけて366万円ちょい。スープラSZより100万円以上安く手に入るんだから、個人的には素直に惹かれます。
佐野 4年前に出たばかりのロードスターRSはアシが突っ張るクセが少しあった。でも、それから公式に発表されているだけでも3回の改良を経て、見ちがえるようにアシがしなやかに動くようになった。
新井 走りは以前より良くなっているけど、専用レカロ・シートは自分には合わないし、この動力性能にしてはブレンボも大げさかな。個人的にはロードスターはやっぱりSがいい。
佐野 このレカロは下半身をきっちりホールドする形状で、両脚が微妙に持ち上げられたドラ・ポジになっている。ロードスターは運転席のレイアウトもギリギリのクリアランスで成立しているから、こんな微妙な変化でも体形で合う合わないが出る。ストイックなクルマなんだ。
新井 とはいえ「ロードスターでできるだけハードに攻めたい」という人には、ドラ・ポジさえ許せるなら、最新のRSは素直に勧められる。
上田 エンジンもいつしか、上まで本当にきれいに回るようになりました。ロードスターの場合、ボディ形式が同じならエンジンは共通なので、どのグレードを選んでも後悔はない買い物ができると思います。
新井 スープラも昨今のBMWと比較すると、乗り味がとても自然だ。
佐野 「人馬一体」と言い続けているマツダにかぎらず、最近の日本メーカーはどこも、荷重移動や接地感といった古典的な「いい走り」への探求心が強烈だ。何十年も「欧州車に負けてる」とか「ポルシェにかなわない」といわれてきた日本メーカーも、解析技術の進化で名スポーツカーの走りのキモが分かってきたんだろう。
上田 いっぽうで、競争が激化しすぎた欧州車は「敵がこれをやったから、ウチもやる」みたいな単純な思想になっている気がします。
新井 最近の欧州車は「アジリティ=俊敏性」への傾倒がどんどん強まっている。どこも4輪操舵に熱心なのも象徴的。対して、日本は「操作した分だけ動くリニアリティ」みたいな走りの極意を突き詰めている。
佐野 そういう微妙な古典的な味わいはスピードを出さなくても味わえるから、一周回って一番新しい姿といえるかも(笑)。と同時に、トヨタはスープラを「eスポーツ」といったスポーツカーの新しい遊び方のヒナ形にしようともしている。
上田 純正アクセサリーに用意されている「ガズー・レーシング・レーシングレコーダー」のことですね。早い話がデータロガー・システム。資料によると「アクセル、ブレーキ、ステアリング、シフトなどのドライバーの操作情報、車速、エンジン回転数、加速度などの各種センサーの値、および車両の位置と方位情報をSDカードへ記録する」とあります。
佐野 それを使って、サーキットでの自分の走りをゲームソフトの『グランツーリスモ』上で再現したり、一流のレーシング・ドライバーとバーチャルでバトルするような楽しみ方を提案しているんだ。
新井 今、道路環境の変化でほとんどのスポーツカーが一般公道で「らしく」走らせるのは不可能なわけで、これは本当に新しい提案だと思う。
上田 硬軟を取り混ぜて、つくづく日本はスポーツカー天国ですね。
■トヨタGRスープラSZ
駆動方式 フロント縦置きエンジン後輪駆動
全長×全幅×全高 4380×1865×1295㎜
ホイールベース 2470㎜
トレッド 前/後 1610/1615㎜
車両重量(前後重量) 1410㎏(前710㎏:後700㎏)
エンジン形式 直列4気筒DOHC16V直噴ターボ
総排気量 1998cc
ボア×ストローク 82.0×94.6㎜
最高出力 197ps/4500rpm
最大トルク 32.7kgm/1450-4200rpm
変速機 8段AT
サスペンション形式 前/後 ストラット式/マルチリンク式
ブレーキ 前/後 通気冷却式ディスク/通気冷却式ディスク
タイヤ 前/後 225/50R17 94W / 255/45R17 98W
車両価格(税込) 499万741円
■マツダ・ロードスターRS
駆動方式 フロント縦置きエンジン後輪駆動
全長×全幅×全高 3915×1735×1235㎜
ホイールベース 2310㎜
トレッド 前/後 1495/1505㎜
車両重量(前後重量) 1020㎏(前540㎏:後480㎏)
エンジン形式 直列4気筒DOHC16V直噴
総排気量 1496cc
ボア×ストローク 74.5×85.8㎜
最高出力 132ps/7000rpm
最大トルク 15.5kgm/4500rpm
変速機 6段MT
サスペンション形式 前/後 ダブルウィッシュボーン式/マルチリンク式
ブレーキ 前/後 通気冷却式ディスク/ディスク
タイヤ 前/後 195/50R16 84V / 195/50R16 84V
車両価格(税込) 333万4100円
語る人=佐野弘宗(まとめ)+新井一樹(ENGINE編集部)+上田純一郎(ENGINE編集部) 写真=神村 聖
(ENGINE2020年5月号)
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