2020.05.09

CARS

「ポルシェをデザインする仕事」第2回/山下周一 (スタイル・ポルシェ・デザイナー) 独占手記

911で最も大事な部分、顔。丸でありながら立体的に3D化されたヘッドライト。よく見るとバンパーの分割線がヘッドライト内部のエレメントに視覚的に繋がっている。サイド・インテークはポジショニング・ライトとグラフィックスが繋がっており、なおかつコーナーに 配置することによって全体的にモダンに見える。

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「ユー・キャン・スタート・スケッチング・ニュー911」。 ボスのこの一言から、山下氏のポルシェでの仕事が始まった。

第2回「新しい911に必要な要素を探る。」

前回にも書いたように、私が入社した2006年当時のスタイル・ポルシェは、ヴァイザッハ研究所のシックスカンテ(六角形)ビルの中にあった。スタイル・ポルシェの入り口にはシュロイゼと呼ばれるガラスに囲まれたデザイン部専用セキュリティ・ボックスがあり、ここを1人ずつ通過する必要がある。どういう仕組みかは知らないが、これがなかなかの曲者で、2人で入ることはもちろん、ちょっと大きな荷物を持っていたり、ボックスの真ん中に立っていないと、「確認できません。すぐに一旦出てまた再度入室してください」とドイツ語のメッセージが流れ、運が悪いと何度もそれを繰り返すことになるのだった。


スタジオに入るとまず出迎えてくれるのが4メートル以上はある真っ赤なカウンターとその背後にあるライブラリーだ。カウンターに向かって左にミーティング・ルームと秘書室、その奥にはボスであるマウアーのオフィスがあり、右側には各スタジオに繋がる通路がある。私の所属するスタジオ4は、廊下の突き当たりにある一番大きな部屋だ。入り口の磨りガラスの扉には見慣れたポルシェ筆記書体で書かれたStudio 4の文字。部屋は長方形で、その長い辺の両サイドにデザイナー達が座り、中央には定盤が置かれている。 


出勤初日、まずはボスに連れられて、新しい同僚たちに挨拶をして回った。ドイツらしくしっかりと握手をし、二言三言交わしながら全員に紹介してもらう。中には学生時代に一緒に学んだ人や、前の職場の同僚だった人もいて、真新しい職場とはいえチョット懐かしい感じもあった。一通り挨拶を終えて部屋の隅に用意されていた自分の席に戻ると、そこにはドイツ版新入社員スターター・キットらしいポルシェワッペンの付いた真っ白な分厚いファイル、それにスケッチ・パッドとボールペンが置いてあり、もうすぐにでも仕事を始められる状態であった。ふと目の前を見ると、そこには開発後期に入った初代パナメーラのクレイ・モデルが鎮座しており、ミリングマシンが静かにそのアームを動かしていた。

腕に考えさせる

“You can start sketching new 911” 上司のこの一言が私にとってのプロジェクト・スタートであった。実際のオフィシャル・キックオフはもうしばらく後になるのだが、そんなことは関係なしにスケッチを描き始めた。どんな911を作りたいか、ただ腕を動かしひたすらスケッチを描き続ける。腕に考えさせる、とでも言えば良いのだろうか。頭でちゃんと考えて描くというより腕の動くままにアイデアを紙に落としていく。ミュージシャンが鍵盤を無造作に叩き、あるいはギターを爪弾きながら新しい曲を作るのと似ている。そうして紙に描き落としたアイデアを改めて見直し、そこから発展させていけるようならばそれを煮詰めていき、もし何も無いようならば再びアイデアを探るために紙に向かう。


私の場合、普段はBICの中太ボールペンでアイディエーションを行う。時に気分によってプリズマ・カラーやヴェリシンといった芯の硬さの違う色鉛筆を使うこともある。色も黒だけでなく、インディゴ・ブルーといった色を使ったり、紙も普段使うコピー・ペーパーのほかにヴェラムと呼ばれる半透明のトレーシング・ペーパーに似たものに替えてみたりする。


そうすると、不思議なことに新しいアイデアが浮かぶ時があるのだ。そうやってある程度アイデアが固まると、今度はそのアイデアをもう少し明確にするために色を付けた、いわゆるレンダリングを描き始める。レンダリングとスケッチの境界は定かでないが、大まかに言って色が付けばレンダリング、モノクロはスケッチだと思ってもらえると良い。ここで大切なのは気に入ったスケッチをレンダリングにする際、スケッチに表現されたアイデアや雰囲気を無くさないことである。


よく綺麗に描こうとそのスケッチを新たに清書してしまうと、途端に魅力が薄れてしまったりする。ささっと描かれたスケッチの方が、そのラインに宿るライン・ウェイト、テンションなどによって魅力的な場合が多いのだ。色を付けていく時には、線だけで表現できなかった断面、奥行きに気をつけて作業して行かなければならない。ボディの断面はどうなっているのか、丸いのかフラットなのか、丸ければそのピークはどこにあるのか、どのくらい丸いのか......といったことを、陰影やリフレクションを駆使して表現する。ディテールに伝えたいアイデアがあるのであれば、それが第三者にわかるよう描かなくてはいけない。

最初に浮かんだのはリア

スケッチとレンダリングを繰り返してアイデアを煮詰めることにより、911の大切なデザイン・ポイントがおぼろげながらわかってくる。まず顔である。様々なヘッドライト形状、時には奇抜すぎると言われそうな大胆なグラフィックも試してみてわかったのは、あの丸いヘッドライトは、911のプロダクト・アイデンティティとして残さなくてはいけないということだ。しかし、それだけでは新しさに欠ける。そこでもっと立体的に見えるよう、その断面をいろいろと変えてみたりする。  



フロント下部に位置するエア・インテークもクルマの顔を構成する重要な要素だ。エンジン冷却が空冷から水冷に変わる前から、ポルシェでは伝統的に3つ穴となっている。センターに大きめ、左右に小さめのインテークがある。それをどんな形にするか。996型ターボのようにざっくりと穴を開けようか、それとももっと立体的に肉厚なスタイリングにするか。また、997型から復活した独立したポジショニング・ランプはどこにレイアウトするか。996型のように再びヘッドライトと一体化させるか。ヘッドライトの輪郭に合わせるのはどうだろうか。それとも、やはり伝統的な独立したものがいいか。横にするか、縦にするか。光は横一文字? それとも2本? リング状? 取り付け方は997型ターボのようなフローティングでは どうか。それともバンパーと一体化させた方がモダンか。いろいろなアイデアを、ああだこうだと自問自答しながら描いてゆく。


次にサイドである。911の特徴であるふくよかなリアフェンダーを更に強調させたい。どうする? ボディを絞り込む。さらに一般にロッカーと呼ばれるサイドシルにも工夫を凝らしてみる。サイドシルとは前タイヤと後ろのタイヤの間に位置するボディ下部の部品である。ボディの厚みを視覚的に軽減するため、この部分にいわゆるライト・キャッチャーと呼ばれるデザイン・フィーチャーを施し、光を強く受けさせて、ボディが薄く見える視覚的なトリックを使うことがよくある。この光を受ける部分がリアフェンダーの前で自然にフェイドアウトすることによって、実際よりもリアフェンダーが大きく張り出しているように見える効果が得られるのではないか。


スポイラーは幅広くなり、位置も変わった。細くシャープなリアライト。996、997と異なり幅広なステップがつく。マフラーは黒いガーニッシュでまとめられリアを引き締める。よく見るとナンバープレート部のグラフィックスが上下逆さまに取り入れられ、より一体感を高める。


一番差別化を図れるのは、やはりリアのデザインになるだろう。アダプティブ・スポイラー、リアライト、ライセンスプレート・ディプレッション(ナンバープレートをつけるためのボディの凹み)、そしてマフラ ーなど、スタイリングする要素も多いしデザインの自由度も高い。個々のデザイナーの個性が一番出るとこ ろでもある。スケッチを始めた頃からまず一番に頭に浮かんだのはリア・スタイルである。スポイラーとリ アライトを、どうにかして造形的、機能的に一体化できないものか。リアライトがスポイラーの一部になる。もしくはリアライトそのものがスポイラーになる。三次元にレイアウトされたリアライト。有機的に絡み合うスポイラーとランプの分割線。視覚的にも物理的にも一体化されたライセンスプレート部分とマフラー。


こうして新型911のデザイン・ テーマが出揃ってきた。


文とスケッチ=山下周一
(ENGINE2018年8月号)


山下周一(やました・しゅういち) /1961年3月1日、東京生れ。米ロサンジェルスのアートセンター・カレッジ・オブ・デザインで、トランスポーテーション・デザインを専攻し、スイス校にて卒業。メルセデス・ベンツ、サーブのデザイン・センターを経て、2006年よりポルシェA.G.のスタイル・ポルシェに在籍。エクステリア・デザインを担当する。

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