2020.05.30

CARS

「ポルシェをデザインする仕事」第5回/山下周一 (スタイル・ポルシェ・デザイナー) 独占手記

上海で発表になった新型マカン。リア・ライトもとうとう横一文字のポルシェ・アイデンティティとなる。ランプのセクションもより3D化されモダンに。リア・ゲートも実はサイド・ビューから 見ると新しい断面となり、よりスポーティーさを強調している。

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ポルシェの拠点のひとつ、ヴァイザッハ研究所の中にあるスタイル・ポルシェ。今ではモダンな建築に生まれ変わった、そのワーク・スペースを案内する。


第5回「私の仕事場、スタイル・ポルシェ。」

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現在、ポルシェはドイツ国内に大きく分けて3つの拠点を持っている。ツッフェンハウゼン本社、ライプツィヒ工場、そしてヴァイザッハ研究所である。本社のあるシュトゥットガルト近郊のツッフェンハウゼンにはポルシェ・ミュージアムもあるので、ご存知の方も多いであろう。その周りに本社社屋と、911やボクスターの組み立て及び塗装工場があり、あの有名な生産途中のポルシェが道路上を渡る橋もある。


一方、ライプツィヒ工場は2002年にカイエンの組み立て工場として産声を上げた。そして、今ではスポーツカー以外の全てのポルシェを生産するほどの規模となっている。


さて、最後のヴァイザッハ研究所であるが、シュトゥットガルトから西に約30kmのところにあり、1972年にオペレーションを開始した。ここにはポルシェの全ての開発機関が揃っており、加えてテスト・トラック、風洞といった設備も備えられている。ポルシェの全てのレースカーもここで開発生産される。


私が初めてヴァイザッハを訪れたのは1992年のことであった。まだアートセンター・スイス校の学生であった私は、当時ポルシェにデザイナーとして勤務していた友人の家に遊びに行った際、仕事場を見せてあげようと言われて、彼の944に乗ってヴァイザッハへと向かった。


今もぼんやり覚えているのは、研究所の周りは畑ばかりで、受付と呼ぶには覚束ない小屋があったこと。そして、そこにいた口髭を生やした人懐っこそうなオッサンが、友人と二言三言交わして私に入館証を渡してくれたことだ。縦5cm、横7cmくらいの布製のポルシェ・ワッペンが刺繍された今では見ることの出来ない入館証であった。裏についた紙を剥がして胸にペタッと貼り付けると、デザイン部まで友人についていった。ミーティング・ルームに通され、そこで待っていると、なんとデザイナー達が4、5人やって来て私のポートフォリオを見てくれたのである。


ポートフォリオというのは、いわば就職のための作品集で、自動車デザイナーになりたい人達は必ず用意する。私も友人にアドバイスをもらおうと一応持ち歩いていた。そして、その場で彼らに簡単なプレゼンテーションをした。何を喋ったかはほとんど覚えていない。しかし、デザイナーの一人にインテリア・デザインは出来るかと聞かれたことだけは覚えている。残念ながらその時のプレ ゼンは実を結ばず、その時点ではまさかやがてここに戻ってくることになるとは思いもしなかった。

スタイル・ポルシェの新建築

2度目に訪れたのは18年後、マウアーとのジョブ・インタビューの時だった。シュトゥットガルト空港からタクシーに乗り込み再び訪れた研究所は、18年前の面影を多少残してはいたものの、あの貧弱な小屋だった受付は4階建の大きなビルに生まれ変わり、そこには受付嬢が座るカウンターが設えられて、以前とは比べ物にならない程、洗練されていた。


2018年となった今、研究所の建物の周りには広大な駐車場が広がる。現在はIDにより厳密に管理さ れており、それなしには入場出来ない。朝は研究所に近いスペースから埋まっていき、9時過ぎに出社しようものなら、一番端の立体駐車場の7階くらいしか空いていない。そうなると往復30分近く歩く羽目になる。


研究所内には2つのランドマークとも言える古い建物がある。エンジニアの入るシックスカンテ(6角形)と呼ばれるビルと、同じく6角形をしたカジノと呼ばれる建物である。カジノの中には所長室、社員食堂、ライブラリー、救急室、キオスクなどがあり、ヴァイザッハのシンボル的な存在といってもいいだろう。食堂の高い天井は木組の柱で構成され、その間をステンドグラスで作られた 大きな鳥や龍が飛んでいる。真ん中にはタイル張りの小さな池もあり、昔はそこに鯉が泳いでいたらしい。


現在のポルシェ・スタイリングセンター、通称スタイル・ポルシェは、先ほどのカジノの裏にあった敷地内の森林の一部を伐採して2014年に完成した新しい建物である。デザイン棟のほか、風洞、そしてエレクトロニクスの開発を専門とするエレクトロニクス・インテグレーション・センターという3つのビルが南北に連なっている。デザイン棟と風洞建屋は地下で連結しており、デザイン部門で開発中の原寸大モデルをそのまま風洞実験に持っていけるようになっている。


スタイリングセンターは4階建てで、上から見るとちょうど大きな正方形と長方形が連結した形をしているひと続きの建物は、Hennというドイツの建築事務所によって設計された。グーグルマップで見るとよく判るので暇な方は一度見ていただくと面白いかもしれない。外観はガラス仕上げの正面と裏面以外はシルバーのパネルで囲まれており、他の2つのビルと同じ仕上げで調和が取られている。


フロント・デザインも全面的に改良され、よりモダンになった。ヘッド・ランプの内部も刷新され4ポイント・ヘッドライトがスタンダードとなった。ブラックのエア・ブレードが積極的にスタイリング・エレメントとして用いられる。補助灯は上から覗き込むとシースルーとなっている。


モダンで居心地のいい仕事場

カジノの脇を通り抜け、緩い斜面の階段を登り切るとスタイリングセンターの正面玄関である。ガラス製回転ドアを抜けると、そこは2階のロビーとなる。前方にはガラス張りのエレベーターがあり、吹き抜けになったロビーの高さを強調している。右側には真っ白なコーリアン(人工大理石)で出来たベンチ付きカウンター。その向こう正面には乳白色のガラスでできた大きな壁にポルシェのロゴが描かれている。


エレベーターで3階に上がると、正面に広がるホールにはミッションEのモデルが鎮座している。その奥には液晶ガラスを通してヴューイング・ヤードの一部が見える。この液晶ガラスはプレゼン時には透明から不透明に調整可能である。左側にある大きなドアを開けると、そこは屋内プレゼンテーション用のホールとなっており、そこから直接ヴューイング・ヤードに出ることもできる。ホールに戻りエレベーター左側にあるセキュリティ・ボックスを抜けると、そこはもう最高機密だらけのデザイン・スタジオである。


奥まで続く幅広い通路の右側にはカラー&トリムのスタジオとインテリアのモデリング・スタジオ。その対面にはエクステリアのモデリング・スタジオがあり、その真ん中に位置する場所がカフェエッケ、つまりコーヒー・コーナーだ。本格的なコーヒー・マシンやウォーターサーバー、電子レンジ、冷蔵庫が並び、様々な雑誌や本もここで読める。これまでスタイル・ポルシェが獲得して来た賞の盾やカップ類も飾られている。このコーナーの真ん中に上階へと通ずる、ドイツ語でBegegnungstreppe、直訳すると“出会いの階段”という空間がある。要は階段の踊り場を利用 したミーティング・スペースだ。


そして、階段を上がりきった所がデザイナーたちの働くスペースである。ダーク・グレーのカーペットが敷き詰められた両側にデザイナーたちの机がレイアウトされ、そこから下を覗くとガラス越しにモデリング・スタジオが見えるようになっている。このフロアの至る所にヴィトラ社のカラフルなソファーや椅子が置かれていて、無機質な空間に心地よいアクセントをつけている。


私のワーク・スペースも紹介しておこう。床と同じダーク・グレーの本体に明るい木目の天板が付いた幅240cm程の大きな机と右側に同色のキャビネット。左のガラス・ウインドウを覗くと、階下にエクステリア・スタジオが見える。座っているのは肘掛のついた黒いドイツ製オフィス・チェア。机の上には24インチ・ワコム・タブレットを中心にキーボードやマウス、右側に24インチ・モニター、左側にスキャナー。その他、シンプルなLED電気スタンド、鉛筆削り、コードレス電話、 コーヒー・カップ、ウォーター・ボトル。もちろんスケッチ用のA4コピー用紙も目の前に用意してある。
あ、そろそろ朝の定期ミーティン グの時間である。ちょっと失敬。


文とスケッチ=山下周一(ポルシェA.G.デザイナー)
(ENGINE2018年11月号)


山下周一(やました・しゅういち) /1961年3月1日、東京生れ。米ロサンジェルスのアートセンター・カレッジ・オブ・デザインで、トランスポーテーション・デザインを専攻し、スイス校にて卒業。メルセデス・ベンツ、サーブのデザイン・センターを経て、2006年よりポルシェA.G.のスタイル・ポルシェに在籍。エクステリア・デザインを担当する。

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