これまで出会ったクルマの中で、もっとも印象に残っている1台は何か? クルマが私たちの人生にもたらしてくれたものについて考える企画「わが人生のクルマのクルマ」。ENGINE編集部員の前田清輝が選んだのは、「2014年型ジャガーFタイプ・クーペ」。スーパーカー・ブームから始まったスポーツカーへの憧れ。年を重ねて再燃した夢は、思いもかけず、縁に恵まれて現実に。 advertisement
夢が叶った瞬間
クルマに憧れたきっかけは、アラフィフ世代のクルマ好きの御多分に洩れず、幼少期に経験したスーパーカー・ブームだった。中でもお気に入りはカウンタック。当時、実家近くの遊園地でスーパーカー撮影会なるものが開催されることを知ると、親にねだって連れて行ってもらったほど夢中だった。ただ、会場では、親が撮影料を支払ってくれたにもかかわらず、カウンタックのオーナーと思われる男性に「坊主、気をつけろ!」と注意されながら、運転席に座らせてもらったと思いきや、1分もたたずに撮影は終了。感動することもなく、その男性にムカつき、「くそったれ! カウンタックなんて……」と、それまでの愛情の裏返しのような憎しみに近い感情を抱いたのだが、直後のクリスマスプレゼントにカウンタックのラジコンを買ってもらった時の感動は今でも鮮明に覚えているのだから、我ながら呆れる。しかし、子供心に「スポーツカーは到底、自分が大人になっても乗れるものではないだろう。夢のクルマだ」と冷めた気持ちがあった。
それが「大人になったら買うぞ!」と、現実的な夢を抱くようになったのは、小学校中学年頃だろうか。“4WD”と“TURBO(ターボ)”。この2つの単語が当時の自分にはとにかく高性能の代名詞のように思われ、そのエンブレムが付いているだけで「カッコいい! 乗ってみたい!!」と思うように。極め付きはテレビで見たWRCでアウディ・クワトロが疾走する姿だった。当時、親しくもなかった同級生の女の子の父親が乗っているのを知ると、実車を見たいがために(あわよくば乗せてもらおうと考え)、一緒に遊ぶ口実を探したほどだ。しかし、当時、シャイだった自分には実行に移す勇気?もなく、ただ、彼女の家のガレージ近くをぶらついては、クワトロが出てくるのをひたすら待つだけだったが……。
その後も4WDとターボへの憧れは消えず、20代後半になり、ようやく手に入れた最初のクルマは、スバルのレガシィ B4 RSK。セダンではあったが、4WDとターボの夢が叶った瞬間だった。しかし、一方でアウディ クワトロへの憧れは消えることなく、B4と同じスバルのレガシィ アウトバック(3.0)を経て、「いよいよ、念願のアウディだ!」とディーラーへ向かった時に出会ったのが初代A5 スポーツバックだ。流麗な4ドアクーペのスタイルに一目惚れ。しかも、大好きな4WD&ターボ。迷わず購入したのは言うまでもない。ただ、この出会い、ワイド&ローなシルエットが、幼少期のスポーツカーに抱いた夢を思い出させ、さらに妄想を加速させることになったのである。
当時は独身だったこともあり、「頑張って貯金に励めば、自分でもスポーツカーを買えるかも…」という思いがムラムラと湧き始めたのだ。そんな時に心打たれたのが、フランクフルトモーターショーで発表されたジャガーのコンセプトカー、CX-16。後に市販化されるFタイプ・クーペだった。市販化された当初はオープンモデルだけだったので、それほど気にはならなかったのだが、翌年にクーペが発表されると、煩悩がむらむら。しかし、V6モデルでもオプションなどを付けると、すぐに一千万オーバー……。高いハードルだと思い、これまた悶々としていた時に、たまたまお世話になっている時計店の社長とのお酒の席でその話をしたところ、「友人のクルマを買いませんか?」との声が。なんでも親友の方が一年前に購入されたものの、訳あって乗ることが叶わなくなり、その社長が預かっているのだという。そして、できれば知っている人に買ってもらいたいと思われていた矢先だったのだ。妻もFタイプのデザインを気に入っていたのに加えて、下取りに近い価格で譲っていただけることもあり、家庭内プレゼンをすることもなく、すんなり購入することができた。紆余曲折?はあったものの、幼少の頃に抱いた夢が思いもかけず現実になった瞬間だった。
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文=前田清輝(ENGINE編集部)
(ENGINE2020年7・8月合併号)
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