2020.09.02

CARS

ピンツガウアーというクルマを知っていますか?「丹念に保革油を擦り込まれた傷のある山靴」のような初代レンジローバーを愛し、派手な街乗りSUVづくりに走るメーカーに手厳しかった四輪駆動車の権威、故石川雄一さんの言葉がすごい!

自動車ジーナリストの塩見智さん

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ピンツガウアー710M。メルセデス・ベンツの委託を受けてGクラスを開発したことで有名なオーストリアのシュタイア・プフ(現マグナ・シュタイア)が、主に軍用車両として60年代の終わりに開発した多機能車で、90年代まで生産され、民間にも一定数出回った。想像の斜め上をいくクルマを見せられて圧倒されていると、助手席に乗せられて裏山へ連れていかれた。とんでもない凹凸のモーグル区間を事もなげに走破するのを車内で目の当たりにした。

ピンツガウアーにはなるほど一切の飾り立てはなかったが、見るからにシンプルで頑強なチューブラー・バックボーン・シャシー、重量配分の最適化に寄与するトランスアクスル、とてつもないロードクリアランスを稼ぎだすハブ・リダクションなど、本質的な高性能が満載だった。極め付きは快適性の高さ。スイングアクスル・サスが織りなすソフトで懐の深い乗り心地は、無骨な外観からは想像もつかないものだった。

石川さんとピンツガウアーのパッケージは、自動車雑誌編集者としてロールス・ロイス、メルセデス・ベンツ、フェラーリなどで特集を組み、徳大寺有恒さんや清水和夫さんなどとも交流させていただいて、多少はクルマに詳しいつもりでいた自分に衝撃を与えた。

あれから何年もたった。煩悩は捨てきれず、見た目を彩るウッドやレザーといった飾り立てに依然うっとりさせられるし、「ニュルで何分を切った」とか「ハンズオフ・ドライブが可能になった」といったことにも興奮するが、石川さんとピンツガウアーのおかげで、少なくとも今の自分にはクルマの価値が“それだけではない”という視座がある。モノコックになった新型ディフェンダーでお墓参りに行ったら、あの懐かしい罵詈雑言が聞かれるだろうか。

文・写真=塩見智(自動車ジャーナリスト)



(ENGINE2020年7・8月合併号)

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