山梨県甲州市塩山の福生里(ふくおり)。勾配のある田舎道を上がっていくと、田畑、果樹園が入り混じるなかに、モダンな和テイストの家屋が建つ「98WINEs」は、メルシャンや勝沼醸造などで醸造責任者を務めてきた、平山繁之さんが3年前に立ち上げた。
国内外で40年にわたりワインと付き合ってきた平山さん。初めて自らオーナーとなり 98WINEs を創立したのは、単にワインを作るのではなく、ワインを通して世界中のあらゆるジャンルの新しい友人とジョイント、コラボレートし、ワインの持つ力を創造していく場所を作ることだった。
98WINEsという名前は、このように世界の人たちとの出会いによって、不完全な98が100にも200にもなれるという意味を込めたとのことだ。
場所は甲州市。といってもぶどう畑が一面に広がる勝沼ではなく、福生里という山に囲まれた小さな集落だ。中央自動車道を勝沼インターチェンジで降り、甲府盆地を左に見ながらフルーツラインを進み、座禅草のみちと名付けられた細い県道に入る。目的がなければたどりつかない場所だ。
耕作放棄地だった場所に設けたぶどう棚には、平山さんの40年の経験が随所に投入されている。
「農薬は使いません。いにしえから授かった土地であり、そのまま未来にお返ししたいと考えているからです。棚仕立てを選んだのは、日本の気候や土壌に合っているから。下草を気にする人もいますが、地球を守る役目があるので、きれいにはしません。虫も同様です。生き物が集まるのはきれいな証拠ですから」
醸造についても独自のポリシーを持つ。ぶどうにストレスを掛けないよう、ポンプを使わず重力で移送するグラヴィティー方式を採用し、ろ過も行わない。コンディションを整えるべくボトリングには機械を用いる一方、打栓後は手でロウを塗り封印していく。生産は年間3万本ぐらい、販売店は全国9か所に限定している。
規模を大きくすると続かない、店舗数を少なくして品切れを避けたいと平山さんは語る。その奥から品質に対する飽くなき追求が伝わってくる。
こうしたワイン作りを支える建物は、醸造を行う鉄の棟、貯蔵を行う石の棟、仲間が交流する木の棟からなる。鉄の棟は黒、石の棟は福生里の景観を作っていた石垣を用いるなど、周囲に溶け込む作り。それでいて植栽はロシアンオリーブなどを使って乾いた感じを出すなど、独自性もしっかり表現に盛り込んでいる。
なかでも目を引くのはやはり、交流の場たる木の棟だ。1階にはキッチンとテーブル、さまざまなスタイルの椅子があり、床にはこれから醸造に使うというジョージアのクヴェヴリが埋め込んである。2階はハンモックがあるだけの板間。気持ちの良い広がり感、大きな窓からの眺めに圧倒される。
「ワクワクできる作りにしたかったんです。1階ではレストランのシェフを招いてセミナーやパーティーを行なっています。2階をあえて作り込まなかったのは、ワークショップやギャラリーなど自由に使えるようにするためです。料理や音楽などを楽しんでもらいながら、ワインのファンを増やしていきたいと考えています」
横浜生まれの平山さんは、フランスのエコール・デ・ボザール(高等美術学校)卒業という醸造家としては異色の経歴の持ち主。芸術大国の専門課程で習得した高度なセンスが、建造物からラベルまで各所に反映されている。一方で98WINEsはぶどう栽培やワイン作りの現場を通して未来の醸造家を育む人材育成の場としても稼働している。本質を極めたミニマルなワイン作りを究めつつ、それを楽しみ伝える舞台を整えることも忘れていない。
文=森口将之 写真=鈴木 勝
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