2020.10.31

CARS

フェラーリ・ポルトフィーノで銀座を走る コロナ禍のフェラーリの新しい楽しみ方

フェラーリならV8ミドシップに限ると思っていたモータージャーナリストの島下泰久氏が、コロナの自粛期間を経て、欲しくなったのはなんとフェラーリのFRオープン・モデル。新たな生活様式を模索する今、クルマ選びも大きな転換期を迎えているのかもしれない。


フェラーリ買うなら当然、ミドシップでクローズド・ルーフの硬派なヤツに限るとずっと思ってきたのに、急に毛色の違ったモデルが気になりはじめた。この春から夏にかけてステイホームを強いられる中で、ふと思ったのだ。このコロナ禍をやり過ごすことができたら、フェラーリ・カリフォルニアにでも乗りたいと。


ここでカリフォルニアが頭に浮かんだのは、中古車市場でのそれが何とか現実感のある価格帯に降りてきているからで、新車でということになれば、当てはまるのはポルトフィーノとなる。要は硬派でハードなのじゃなく、いわば軟派なフェラーリ。それが今の気分なのだ。


指針式の大型エンジン回転計を備えるメーターをはじめ、フェラーリらしさを備えつつ、ラグジュアリーな雰囲気も合わせ持つインパネ。後席は備わるが緊急用か荷物置き場と割り切った方がいい。主役はあくまでも2つの前席。エンジンはミドシップ系と同形式だが、出力の設定が異なる。エグゾースト・ノートもマイルドな仕立て。屋根を閉めても絵になるのがポルトフィーノの魅力のひとつだ。

前号の『ホット100』の対談で私は「コロナで、きちんとした格好をしてホテルのレストランで食事をするということが尊いことだったと気付きました。そういう貴重な時間に似合うクルマってなんだろう? 僕はフェラーリ・カリフォルニアがいいと思った」という話をした。覚えてくださっている方もいらっしゃるかもしれない。


振り返ると、これまでは仕事に追われる毎日を過ごす中、時々訪れる休日にワインディング・ロードやサーキットに行く、あるいはせめてそれを夢想できるクルマにばかり関心があった。その考えが変化したのは、このコロナ禍で、1日1日の生活をより充実した潤いに満ちたものにしたいと考えるようになったからだ。


“New Normal”な生活となった今、かつては当たり前に楽しんでいたホテルのレストランにオシャレをして出掛けるような時間が、とても尊いものに感じられる。だからこそ、そういう機会を1回1回大切に、濃密な時間にしなければ。当然、クルマで行くとなれば、そのクルマにもこだわりたい。ひとりで乗って楽しいというのではなく、快適で、同伴者が居るならば、ともにテンションが高まるようなのがいい。


そんなハレの日だけじゃなく、普段の移動だって大切だ。ほんの少し前までは、当たり前に自由にしていた移動。それが今では、何かしら理由が要るような、そんな雰囲気になっている。そうなると、ハレのクルマは週末に楽しむから普段のクルマは何でもいい、というわけにはいかない。何気ない日常も同じように大切にしたい。ポルトフィーノという選択にはそれ故の、デイリー・ユースできる、いや、したくなるフェラーリという意味合いもあるのだ。


街中でもフェラーリを実感

この夜の舞台は銀座。一時期は本当に閑散としていた街は、よく見ればクルマの多くは空車のタクシーだし、灯りが消えたままの店も多いけれど、それでも少しは賑わいを取り戻している。路肩に停めてあるポルトフィーノに乗り込み、後席に鞄を置いたら、センター・コンソールにあるスイッチでルーフを開け放つ。所要時間は14 秒。40km/h以下なら走行中でも動作可能だから、開き切るより前に、ゆっくりと走り出した。


クローズド状態でも、フェラーリ・デイトナにインスピレーションを得たというファストバック・スタイルが美しいポルトフィーノだが、正装はやはりオープン状態だろう。ルーフ・ユニットを収めるトランク部分の盛り上がりは小さく、フォルムはスマート。フェラーリ自身もデイリー・ユースを意識したというデザインは、人目を惹かないわけはないが、しかし確かに威圧感のようなものとは無縁と言える。


だんだん気分が良くなってきて、サイド・ウインドウも下ろして、ゆっくり街を流す。V型8気筒3・9Lツインターボ・エンジンは低速域ではごく静かで、かつトルキー。漲る力を意識させながらも、あくまでジェントルに駆動力を提供する。


右足に込める力が強過ぎると、ちょうどエグゾースト・パイプのフラップが開くところなのか、一気に音が高まる瞬間がある。ワインディング・ロードなら、まさにここからがお楽しみといったところだが、ここは街中。開けすぎたスロットルをわずかに緩めて、音量を落とす。


全幅は1940mmもあるが、街中でも案外、取り回しに苦労することはない。脇道で駐車車両の間をすり抜けるのも訳ないこと。それには接地感をありありと伝え、わずかな操作にも正確に応える良くできたパワーステアリングも貢献しているのは間違いない。


この日もまだまだ残暑が続き、夜になっても空気はまだ熱を湛え、しかも大量の湿気を含んでいて、立っているだけで汗が噴き出しそうなほどだった。しかしながらポルトフィーノの室内に居てエアコンを全開にしていれば、オープン状態でもどうにか凌げる。何より、それ以上の快感の前ではルーフを閉じようという気になどならない。街の喧騒がダイレクトに伝わり、ネオンの光がシャワーのように注いできて、しかも自らの排気音は心地よく響いてくる。撮影のためという名目で、思わず余計に走り続けてしまう。


そんな具合で、速度はぜんぜん上げていないし、エンジンだって回ってせいぜい3000rpm辺りまで。タイヤもスキール音などとは無縁のままで、試乗の時間はお開きとなった。けれど気持ちは満たされ、昂ぶっていた。ちゃんとフェラーリに乗る意味、歓び、を実感していたのだ。


もしこれが、たとえば488ピスタのようなモデルだったら、きっと全開に出来ないことに鬱憤が溜まっていただろう。当たり前の話だが改めて、クルマとライフスタイルは、合わせて考えなければならない。


但し、オープンにしたフェラーリにひとり乗って夜の街を行く姿は、傍目にはひどくナルシスティックに映っていただろう。このクルマを選ぶなら、その辺りも何とかしなければ……。まさに、ライフスタイルの再考である。ポルトフィーノと過ごしたこの夜は、私の“New Normal”の始まりとなりそうだ。

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■フェラーリ・ポルトフィーノ

駆動方式 フロント縦置きエンジン後輪駆動
全長×全幅×全高 4590×1940×1320mm
ホイールベース 2670mm
トレッド 前/後 1633/1635mm
車両重量 1750㎏(前820kg/後930kg)
エンジン形式 V型8気筒DOHC32V直噴ツインターボ
総排気量 3855cc
ボア×ストローク 86.5×82.0mm
最高出力 600ps/7500rpm
最大トルク 760Nm/3000-5250rpm
変速機 デュアルクラッチ式7段自動MT
サスペンション形式 前後 ダブルウィッシュボーン式
ブレーキ 前/後 通気冷却式ディスク
タイヤ 前/後 245/35ZR20 95Y/285/35ZR20 104Y
車両価格(税込) 2631万円


文=島下泰久(自動車ジャーナリスト) 写真=郡 大二郎


(ENGINE2020年11月号)

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