他国の技術や資本を使って、したたかに、独自の進化を続ける英国車たち。その中でも進化が著しい3台の新着オープンカーを編集部の3人が乗り比べた。
塩澤 イギリスのオープンカーのお国柄ってあるのかな。 advertisement
齋藤 彼らが一番オープンカー好きなんじゃないかな。基本、スポーツカー=オープンカー的な考えがずっとある。スポーツカーといったら簡便な幌で、2座で、後輪駆動で、みたいな。それが小さいのから大きいのまで揃っていた。戦前の欧州各国はみんなそうだったけど、イギリスはそのスタイルを絶やしていない。
塩澤 屋根開きが当たり前だと。
齋藤 道路環境も大きいよ。イギリスでスポーツカーを楽しむのは、モーターウェイじゃなくてB級ロード。ちょうど風を楽しめるくらいのスピードで、走って楽しい道が至るところにある。イタリアもくねくねした道はあるけど、基本は海岸沿いと山だけ。フランスも広大なフラット・ランドだから、延々まっすぐ。イギリスは丘陵地帯が多く、それを避けると自然にそういう道になる。そういうところでこそ楽しいのがオープンカーだよ。
上田 小型軽量のモーガンやケータハムが残ったのは、キット・カー文化とイギリスの気候も理由かな。涼しいし、雨も強くは降らないし。
齋藤 いっぽう巨大な高級オープンカーがいまだにあるのは、階級社会が残っているから。戦勝国で戦前の体制がそのまま残った。だからロールス・ロイスもベントレーもある。
上田 面白いのは、そんなイギリスのブランドが今やほぼすべて外資なこと。モーガンすら経営は創業家じゃない。でも現在の代表はモーガンで長年働いた、いわばたたき上げだそうですが。ベントレーもジャガーもVWやタタのグループの中ですが、資本や技術をしたたかに利用しているように見えます。
齋藤 1980年代くらいまでは泥沼の時代もあったけど、外資になって、クルマをどういうものにするか、っていう根幹の部分と見た目の部分を今や純イギリス的なものにしている。中身は最新スペックでね。
上田 で、ついにモーガンまでそうなったのが今回のトピックです。過去のラインナップと決別し、BMWのパワートレインを使った試乗車の3L6気筒ターボのプラス・シックスと、2L4気筒ターボのプラス・フォーの2本立てとなった。接着剤を用いたアルミの新開発シャシーにキャビン周りとリアセクション部だけウッドを組み合わせています。
塩澤 機関系はBMW Z4やGRスープラと同じってことだよね。
齋藤 これ、完全にモダンなスーパー・スポーツカーだよ。タイヤはオプションの35%扁平の19インチで、見た目だけかと思いきや、驚くべきことにこれを活かしきるとんでもないシャシー性能を持っている。それなのに見た目は昔のまま。
上田 同じBMW製エンジンでも、エアロ8っていう近代的なスタイルのV8モデルもありましたが……。
塩澤 エアロ8と違って、モーガンといえばこれでしょ? という形だよね。たたき上げの社長が考えたのかな? お見事だと思ったよ。
齋藤 フロント・ミドシップで、人間はリア・アクスルの直前くらいに座るから、ドライバー1人ならまぁまぁ理想的な前後バランス。しかも車重は1トン強。モーガンであるということを忘れて飛ばすと、本当に素晴らしいスーパー・スポーツカー。重心は低く、パワーはあって、トラクションもいい。ステアリング・フィールもちゃんとしている。だから、むちゃむちゃ速い。直線はもちろん、コーナリング速度も。
上田 巨大だけどフェラーリとか。
齋藤 あとね、空力のことなんか考えていないような形に見えて、すごくちゃんとしている。速度を上げてもフロントがリフトしない。
塩澤 でも人間が持たないよ(笑)。
齋藤 幌も脱着式のサイド・ウインドウも昔のままだからね。四方八方からの乱流に蹂躙される感じ。何がスピードを決定するかっていったら風がすべて。だけど風に耐えられたら、その辺のスポーツカーを簡単にカモれますよ、っていうところが旧いモーガンとは違う。
齋藤 機械的な心配は一切不要。
上田 おまけに2ペダルだし、35%扁平のタイヤとは思えないくらい乗り心地はいいし、エアコンも効くし、幌を上げてスピードを出してもばたついたり膨らんだりもしない。
齋藤 現代のクルマしか知らない人でも安心して乗れる。身体をむき出しで風と対峙するということがどういうことか、よく分かるよ。本物のオープンカーっていうのはこういうものなのか、って思うはず。
塩澤 だから古いスポーツカーの作法を受け入れて、それを愛する人向けだよ。アナログ・レコードに針を自分で落とすみたいな、そういう世界観を大切にしたい人にお勧めしたい。何でも自動にしたら、喜びがなくなっちゃう、みたいなね。
齋藤 いやはや、まぁ、はじけたんじゃないかな、モーガンは。
上田 続くベントレーのコンチネンタルGTコンバーチブルはW12搭載モデルでした。
齋藤 これはついに途絶えたトップ・レンジのミュルザンヌと違って、VWグループ内でのシナジー効果を得ることが前提のコンチネンタル系のモデルだから、パワートレインもプラットフォームも彼らの戦略に則ったもので、そこにベントレーとしてあるべき要件を入れ込んでいる。機械的にベントレーの意向がちゃんと盛り込まれてはいるけれど、中身はドイツ車ですよ。セッティングやデザインは純イギリス車だけど。
塩澤 いやぁー、でもイギリスってすごいなぁ、と改めて思ったよ。モーガンの対極にあるような。もう風って何? 音って何? 快適の塊みたいな。
上田 同じ日に同じ場所を走っているとは思えなかった。
齋藤 厳かのひとこと。12気筒モデルだったから余計にそう思える。
塩澤 身体に受ける風まで高級な風が吹いてくるような(笑)。
齋藤 エア・フローは計算し尽くされているからね。
塩澤 さっきのモーガンもイギリス車だけど。こっちもイギリス車。これぞ階級社会かぁ、みたいな。
齋藤 でもちょっと前は、階級が上の人も我慢が必要だった。なぜならロールス・ロイスと一緒に造っていた時代、VW傘下になる前のベントレーは、旧い世代をそのまま引きずっていたからね。風洞に入れて、空力実験をして、開けたときに空気の流れをどうするか、みたいなことは、ドイツ的なクルマ造りの考え方だから。極論だけど、あの頃の英国の高級なオープンカーはモーガンのすごく豪華なものだった。
塩澤 でもいまや、もうスピードなんか関係ないくらい快適だよ。
齋藤 これぞイギリス車だなぁ、と思うのは、階級社会に連想づけるような仕立てになっていること。室内を見ればあいかわらずウッドパネルだし、アウトレット・ダクトは金属だったりする。古い世界と繋がっているものこそがベントレーだっていう周囲の期待を理解して、ちゃんと守っている。こんなクルマ造りをしているのはイギリス以外にない。
塩澤 お城に住んで、執事がいて、クルマは運転手がいる。そういう人がいて、そういう文化があるのがイギリスで、世界の憧れだった。その憧れを得られるものになっている。
齋藤 ただ、あれだけ厳かな上にしっとりまったりしていて、すごく滑らかなんだけど、ロールス・ロイスに比べるとエッジィで、ああベントレーだって分かるものになっている。あと、やっぱりベントレーは基本ドライバーズ・カーで、ミュルザンヌはそういう意味では苦しい部分もあった。あまりに巨大で重かったからね。だけどコンチネンタル系はドライバーズ・カーであることをすっと納得させられるものになっている。しかもそのクーペや今回のコンバーチブルは、さらにドライバーズ・カーとしての適性が高い。
塩澤 運動性能が高い上に、モダンカーとして超絶に洗練されている。だけど、見える世界は古典的。そこだけはモーガンと同じかな。
齋藤 オープンにしても、日差し以外は完全にコントロールが効く。不快感が一切なく、風だけを楽しめる。ただ、あの内装の仕立てだとか、木とクロームと革の世界って、自分のものとして乗りこなせるかというと、ある意味モーガンの風以上に敷居が高いかもね。
上田 最後はジャガー。マイナーチェンジしたFタイプです。パワートレインやシャシーはそのまま、スタイリングをジャガーの最新世代のものにアップデートしています。
塩澤 このフェイスリフトは成功だね。いかにも今のジャガーらしい。
上田 ベントーよりもモーガンよりも、素直にカッコイイですよ。
齋藤 イギリス車って、時代と共にスタイリングを変えてきたよね。でも、やや行き詰まっているのか、みんなレトロ。モーガンはその典型。ミニもベントレーもそうだよ。最新のメカニズムで空力もすごいけど、基本レトロが必ず入ってくる。古き良きイギリスっていうのが。だけど、ジャガーだけは、そういうことに目もくれず……。
塩澤 過去と決別したね。
齋藤 新しいデザインで貫き通している。そういう意味では同時代的な分かりやすい格好良さがあるよ。
上田 ジャガーらしいのは、戦後の彼らがそうだったように、基本アメリカを向いていることもあるかも。
齋藤 何に似ているか、って考えると、マスタングやカマロだよね。
上田 いわゆるアメリカン・スペシャリティカー。
齋藤 クルマの立て付けが基本、乗用車ライクだよね。シャシーや脚の仕立ては最新世代だけど、エンジンはフロント・ミドシップには置けていない。ボディは分厚く、バスタブも深く、守られ感が強い。とはいえ走らせれば下手なスポーツ・サルーンなんかには負けないんだけど。
上田 顔が変わる前の5LV8や3LV6のスーパーチャージド・モデルはそうでしたね。でも今回の2L4気筒ターボは……。
齋藤 問答無用のパワーでねじ伏せる、パワーのあるモデルの方がイギリス車的かもね。でも、ダウンサイジングが必須の世の中で、カマロもマスタングも4気筒が当たり前になった。ジャガーもそうせざるを得ない。そうするとさすがにV8やV6にあったワイルドでエキセントリックな部分が足りない。本当に速く走るなら、Dレインジ任せではなく、MTモードでエンジン回転を高く保って、ティップシフトで常に最大過給効果を得られる回転ゾーンに収める走り方をしないとね。
塩澤 パワートレインでずいぶんタイプが違うんだよね。少なくとも2Lモデルは、目を三角にしてがんがん攻めて走るクルマじゃない。
齋藤 ごく普通に生活に取り込めるクルマ。モーガンやベントレーじゃこうはいかない。イギリス車だけど、やっぱりアメリカ文化が背景にある。サンセット・ビーチをオープンで、のんびりと片手出しながら運転したら気持ちいい、みたいな。
塩澤 何も考えずに走れば、スムーズで快適で、一番敷居は低いよ。
齋藤 自然なんだよ。神経を逆なでするようなところはない。そういう意味じゃ、サルーン・ライクっていうのはものすごくいいこと。なぜなら快適だから。乗り心地もいいし、幌を締めても音がこもったりもしない。オープンカーに普段乗っていて、隙あらばいつでも屋根を開けるぞ、っていう人には最適。昔のジャガーより敷居はぜんぜん低い。唯一敷居が高いのは値段だけかな。
上田 ポンドの動きに左右されるのも、イギリス車ならではかも。
齋藤 しかし千差万別というか何というか、この3台はひとくちにオープンカーっていうには乱暴だよね。顔や身体が外部の気流に直接当たるっていう現象1つ取ってみれば3台は同じかもしれないけれど、体感するものが違いすぎる。
塩澤 イギリス車の中には、ありとあらゆるオープンカーがある。
齋藤 そんな国はイギリスしかない。やっぱり独自の世界を持っているという意味では、ほかの国のクルマより敷居は高いかもね。
塩澤 その敷居を喜んで超える人に、ぜひ味わって欲しいよ。
上田 意外といるかもしれない。
齋藤 イギリス文化への、クルマ好きの理解や愛情は深いからね、日本の人たちは。
■モーガン・プラス・シックス
駆動方式 フロント縦置きエンジン後輪駆動
全長×全幅×全高 3910×1745×1280mm
ホイールベース 2520mm
車両重量(前後重量配分) 1140(前軸570:後軸570)kg
エンジン形式 水冷直列6気筒DOHCターボ
排気量 2998cc
ボア×ストローク 82.0×94.6mm
最高出力 340㎰/6500rpm
最大トルク 500Nm
トランスミッション 8段AT
サスペンション(前) ダブルウィッシュボーン
(後) ダブルウィッシュボーン
ブレーキ(前後) 通気冷却式ディスク
タイヤ(前/後) 225/35ZR19/245/35ZR19
車両本体価格(10%税込) 1419万円
■ベントレー・コンチネンタルGTコンバーチブル
駆動方式 フロント縦置きエンジン4輪駆動
全長×全幅×全高 4880×1965×1400mm
ホイールベース 2850mm
車両重量(前後重量配分) 2450(前軸1290:後軸1160)kg
エンジン形式 水冷W型12気筒DOHCターボ
排気量 5950cc
ボア×ストローク 84.0×89.5mm
最高出力 635㎰/6000rpm
最大トルク 900Nm/1350−4500rpm
トランスミッション 8段デュアルクラッチ式自動MT
サスペンション(前) ダブルウィッシュボーン
(後) マルチリンク
ブレーキ(前後) 通気冷却式ディスク
タイヤ(前/後) 215/35ZR22/315/30ZR22
車両本体価格(10%税込) 2941万4000円
■ジャガーFタイプRダイナミック・コンバーチブルP300
駆動方式 フロント縦置きエンジン後輪駆動
全長×全幅×全高 4470×1925×1310mm
ホイールベース 2620mm
車両重量(前後重量配分) 1670kg(前軸880kg:後軸790kg)
エンジン形式 水冷直列4気筒DOHCターボ
排気量 1995cc
ボア×ストローク 83.0×92.3mm
最高出力 300㎰/5500rpm
最大トルク 400Nm/1500〜2000rpm
トランスミッション 8段AT
サスペンション(前) ダブルウィッシュボーン
(後) ダブルウィッシュボーン
ブレーキ(前後) 通気冷却式ディスク
タイヤ(前/後) 255/35ZR20/295/30ZR20
車両本体価格(10%税込) 1101万円
話す人=齋藤浩之+塩澤則浩+上田純一郎(以上ENGINE編集部) 写真=郡大二郎 撮影協力=横浜国際プール
(ENGINE2020年11月号)
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