2021.06.17

CARS

世界限定149台のハイパー・スポーツカー、マクラーレン・エルヴァにサーキットで乗った!

マクラーレンの最上級カテゴリーであるアルティメット・シリーズの第4弾として、昨年3月に登場したエルヴァ。限定149台のハイパー・スポーツカーに袖ヶ浦フォレストレースウェイで乗る機会を得た。ところが、その日の天候はなんと雨……。


雨のサーキット


この日ほど、自分の天気運の悪さを恨んだことはない。都心を出発する時には、まだ曇り空だった。ところが、東京湾横断道路の長いトンネルを抜け、海ほたるから房総半島側に渡る橋の上あたりから、ポツポツと雨粒がフロント・ガラスに落ちてくるようになった。サーキットに近づくにつれて雨足は徐々に強まっていき、パドックに到着した時には、完全なウェット状態になっていた。


私よりも先に試乗していた別の雑誌の編集長が、テスト・カーのエルヴァで本コースからピットレーンに戻ったかと思ったら、慌ててクルマから降りて何かを取りにいくのが見えた。取ってきたのはなんとフルフェイスのヘルメット。どうやら、雨が強まり、ノーヘルではとても走れない状態なのだな、と了解した。



なにしろ、エルヴァにはルーフはおろか、ウインド・スクリーンもサイド・スクリーンもついていないのだ。リリースには、空気の流れをうまく操作して、乗員に風が吹きつけないようにする世界初のマクラーレン・アクティブ・エア・マネージメント・システム(AAMS)が装備されていると謳われているが、それで雨まで防げるとは書いていない。


いや、もちろん防げるわけがない。ふと、かつてスズキ前編集長がモーガンに乗っていた時代に、雨の信号待ちでドライバーズ・シートで傘をさしている写真があったのを思い出した。それでもモーガンにはウインド・スクリーンやサイド・スクリーンがあったから、走り出しさえすれば、室内には雨はほとんど入ってこないと豪語して、スズキさんは絶対に屋根を閉じないで乗っていた。エルヴァだったらどうしただろう、と想像すると、あの独特のヘア・スタイルが雨と風にさらされて激しくなびく姿が浮かんで、思わず一人笑いしてしまった(スズキさん、ゴメンナサイ)。いや、そんな無礼な想像をしている場合ではない。自分の試乗時間が刻々と近づいてくる。雨が止む気配はない。もはや覚悟を決めるしかなかった。



軽量かつ高剛性なカーボンファイバー製モノコックのタブを用いているのは他のマクラーレン・ロードカーと共通だが、エルヴァは左右のドアも含めたボディのすべてがカーボン製で、床面にはカーボンファイバーが露出するなど、徹底的な重量削減が施されている。カーボンファイバー製のシェルを持つシートは、外部に露出する上部と繭のようになった下部で色や素材を変えることができる。


米軍特殊部隊のサングラス


今回、用意されたテスト・カーはイギリス本国から特別に空輸された生産プロトタイプで、これを逃したら、恐らく一生、エルヴァの走りを体験する機会は訪れないだろう。


このクルマの開発の最大の狙いは、マクラーレンのこれまでのアルティメット・シリーズが、サーキットでのパフォーマンスに焦点を絞っていたのに対して、公道での究極のドライビング・プレジャーを追求することにあったのだという。だから、マクラーレンの日本法人も本当なら公道で試乗会を開きたいと考えていたようだ。しかし、ナンバーがついていない以上、クローズド・コースを使うしかない。そこで選ばれたのがこのサーキットだったわけだ。



ブレーキには390mm径の焼結加工セラミック・ディスクが奢られる。


だから、815馬力の4リッターV8ツインターボを全開にしてスポーツ走行しようというのではもちろんない。先導車つきでペースを守りながら走る。最初の数周は、どんなに雨が当たっても、撮影のためヘルメットは使わないで走ることになった。エルヴァを買うと漏れなくついてくるという米国陸軍特殊部隊用スペックのサングラスを渡され、それで目だけは保護する。ちなみに、エルヴァはそのほかにフルフェイスのヘルメットもふたつ標準装備している。


エンジン・スタートとシフト・ボタンはセンターコンソール上に。


斜め上方に開くドアを開け、包まれ感のあるコクピットに収まると、なるほど、これはドライビングを楽しむためだけに特化して開発されたクルマだということが良く分かった。行く手には視界をさえぎるなにものもない。内と外との境界がほとんど感じられないのだけれど、しかし、しっかりと守られている感じはある。コクピットの操作スイッチも最小限で、ステアリング・ホイール上には何もないのが潔く、余計なことを考えずに走ることを楽しめと言われているようだった。



雨でも気持ちいい


先導車について走り始めた瞬間、“アッ、これは軽い”と思った。セナよりも軽く、マクラーレン・オートモーティブ史上最軽量のロードカーというだけあって、まるでマツダ・ロードスターかと思うくらいの軽快感がある。いや、軽さだけではない、サイズも実際よりずっと小さく感じられるのはなぜだろうか。やはり、感覚的にはロードスターくらいの大きさのクルマを操っているような、飛び抜けた一体感がある。驚くほど高い剛性感と、切れば切っただけスッと動くリニアでニュートラルなハンドリング、ハイパワーを持ちながらも誠に扱いやすいパワー・トレインが合わさって、こういうこれまで経験したことのない独特の一体感を作り出しているのだろう。


マクラーレン・アクティブ・エア・マネージメント・システム(AAMS)のスイッチをオンにしておくと、時速45kmでフロント・フードのディフレクターが150mm上昇。下から吹き出した風が当たって空気の流れをつくり、パッセンジャーに当たる風を和らげる。
リアを横断するアクティブ・スポイラーはエアブレーキ機能も持つが、その作動範囲はAAMSと連動するという。


ただし、容赦なく顔に当たる雨が痛かった。フロント・フードの上に衝立のようにディフレクターが飛び出すAAMSは、撮影の時には使わないでくれと言われたせいもあるけれど、たとえオンにしても時速45kmまでは衝立は出てこないし、たとえ出てきてもある程度の速度で巡航し続けていないと雨が当たらないところまでは行かないのだろう。その後、フルフェイスのヘルメットをかぶって走ったが、結果的に身体中がズブ濡れになった。そして、ズブ濡れになりながらも、与えられた短い時間いっぱいまで周回し続けたのは、やっぱり、軽くて、飛び抜けた一体感があるこのクルマの独特の乗り味が、たまらなく気持ち良かったからだ。


リア・フードの下にはヘルメットがふたつ収まる50リッターの荷室がある。
上部に2本、後方に2本の4本出しエグゾースト・パイプはチタニウム仕上げで、ホーンのようなサウンドを響かせる。


それにしても、エルヴァを雨の中で走らせるなんて経験をした人は、世界広しといえども、この日乗った数人しかいないのではないか。だって、2億円もするクルマをズブ濡れになってまで走らせようなんてオーナーはいないでしょ。こんな貴重な経験をさせてくれた雨に感謝!


文=村上 政(ENGINE編集部) 写真=望月浩彦


■マクラーレン・エルヴァ
駆動方式 エンジン・ミドシップ縦置き後輪駆動
全長×全幅×全高 4611×1944×1579mm
ホイールベース 2670mm
車両乾燥重量 1148kg
エンジン形式 直噴V8DOHCツインターボ
排気量 3994cc
ボア×ストローク 93.0×73.5mm
最高出力 815ps
最大トルク 800Nm
トランスミッション デュアルクラッチ式7段自動MT
サスペンション(前) ダブルウィッシュボーン/コイル
サスペンション(後) ダブルウィッシュボーン/コイル
ブレーキ(前後) 通気冷却式カーボンセラミック・ディスク
タイヤ (前)245/35ZR19、(後)305/30ZR20
車両本体価格(税込み) 142万5000ポンド(約2億1400万円)


(ENGINE2021年6月号)

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