フェラーリ・ファンなら一度は行ってみたいと思うイタリア・マラネロの「イル・カヴァリーノ」。あのエンツォ・フェラーリも愛したリストランテはどう変わるのか?
エンツォ・フェラーリが通っていたことで知られる、フェラーリ本社のあるマラネロのレストラン「イル・カヴァリーノ」(Il Cavalino)が2021年6月にリニューアル・オープン。モダンな内装とともに、現代イタリア料理界を代表する料理人、マッシモ・ボットゥーラ氏が総料理長に就任したことも大きな話題になっている。
イル・カヴァリーノの創業は1950年。それより以前はフェラーリの社員食堂として使われていたものが、レストランとして整備され、一般客も入れるようになったという経緯がある。エンツォ・フェラーリはしょっちゅう通い、ここでパスタ・ビアンカ(オリーブオイルで和え、上にパルミジャーノレッジャーノ・チーズを振りかけただけのシンプルなパスタ料理)と、ザンポーネ(豚の脚のなかにミンチした豚肉と皮などを詰め込んだモデナの伝統料理)とレンズ豆の煮込みなどを楽しんだとか。
フェラーリは創業時から現在にいたるまでマラネロを動かず、地元との結びつきは強い。「かつては自分たちの村の道をグランプリ・マシンがすっ飛んでいったよ、公道テストだよね」。私は地元のお年寄りからそう聞いたこともある。
「イル・カヴァリーノ」には、グランプリ(F1レース)におけるフェラーリのメモラビリアが数多く展示されている。フェラーリ・ファンのみならず、F1ファンにとって、いるだけで楽しい場所でもあった。フェラーリは公式ウェブサイトに、マラネロの名所としてこのレストランを載せているぐらいだ。
今回のリニューアルの背景はよくわからない。ボットゥーラ料理長をマラネロにも招聘したいという、社内の食いしんぼの誰かの決定だろうか。ボットゥーラ料理長がモデナで開いている「オステリア・フランチェスカーナ」( Osteria Francescana)は、世界中のトンガったシェフのレストランを選出する「The World's 50 Best Restaurants」において、2016年と18年には「ノーマ」などを抑えてトップに選ばれているほど。
私がかつて、北イタリアのリゾート、ガルダ湖畔のレストランでボットゥーラ料理長の料理を体験したときのことは忘れられない。気難しさはいっさい感じさせず、終始笑顔とウィットに富んだコメントをするボットゥーラ料理長は「ガルダ湖を食べていただきたい」と言った。
はたして、プリモには、ガルダ湖の魚で出汁をとったリゾットが用意された。ボットゥーラ料理長は、私の眼の前でレモンの果実をつまみ、香りを大気中にとばした。それを嗅ぎながら食べるのだ。「レモンの樹が並ぶガルダ湖のイメージを一皿に凝縮した」というのが、その特製リゾットの説明だった。
今回「カヴァリーノ」のための料理の数かずも、伝統料理をモダンに解釈しているそうだ。さきに触れた豚の脚のザンポーネは、脂っこくて、かなり重い料理である。そこにあって、「ヘビーなモデナ料理に軽いスーパータッチを与える」のが新料理長のコンセプトという。なので、ザンポーネがどんなふうに変わるのか。おおいに興味をひかれる。
フェラーリの伴侶だったリナ・ラルディが休日に家族のために作っていたマケロンチーニのピンクソース(おそらくクリームを入れたトマトソース)をアレンジした一品も供されるとか。
はっきりいって、このところ「イル・カヴァリーノ」は、マラネロでの競合店といえる「リストランテ・モンタナ」(Ristorante Montana)に、味でやや負けていた感がある。私もおととし、マラネロを訪れた際、フェラーリの広報が「こっちのほうがおいしいよ」とモンタナに連れていってくれた経験を持つ。
そこにあって、斬新なコンセプトで生まれ変わった(はずの)「イル・カヴァリーノ」。スポーツカーのエンジンにたとえてみれば、従来が8気筒OHVってかんじだとしたら、今回はSF90ストラダーレのようなV8ハイブリッドになったといえるだろうか。
ボットゥーラ料理長は(ご存知のかたも多いだろうけれど)このところずっと、マセラティのアンバサダーを務めている。さきごろも、「フオリセリエ」(1台こっきり)というマセラティのサービスを利用して、大胆なカラーリングのレバンテを手に入れたばかり。欧米のグルメ番組に登場するときも、レバンテのステアリング・ホイールを握っている姿が映し出されることが少なくない。
モデナの「フランチェスカーナ」がそこを本拠地とするマセラティと関係深いレストランとすると、そこから8キロほどの距離にあるマラネロの「イル・カヴァリーノ」と、ふたつがどうやって個々の個性を発揮してくれるか。コロナ禍が落ち着く日が来たら、ぜひとも体験したいものだ。
「イル・カヴァリーノ」の厨房を実質的に切り盛りするのは、リカルド・フォラパーニ氏。「オステリア・フランチェスカーナ」で13年間トレーニングを積んだモデナ出身のシェフだ。「(モデナやマラネロがそこに含まれる)エミリアロマーニャの伝統と優れた地元の食材の強い結びつき、そして時代を超えた料理の提案をより進化させたいという情熱」を持つと、本人は話している。
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(ENGINEWEBオリジナル)