2022.07.18

CARS

シトロエン2CVといえばこの人、ENGINE前編集長のスズキさんでしょう! フランス車はいつ乗っても美味しい!!

この個体は、1988年にパリはジャヴェル河岸の本社工場での生産が終了したあとポルトガル工場で2年間製造されたもののうちの1台で、最終1990年型。

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シトロエン神話となったクルマ

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1955年のパリ・サロンで発表され、戦後自動車史の神話となったDSの小型普及版ともいうべきGSは、他に類を見ない先進的大衆車で、そのスタイリングは荘重ともいえたDSの空力思想を受け継ぎながらも、DSでは裾を曳いたテール・エンドがコーダ・トロンカ式にスパッと切り落とされるなど、モダンな空力思想を反映した軽快なファストバック・サルーンとして1970年にデビューした。それは、自動車デザインにおけるうたがいもない傑作車であった。それが、ランサーを売ったお金を元手にして買えるプライス・タグをぶら下げていたのだった。僕は、売り主と中央線の三鷹駅前で待ち合わせ、その場で90万円を現金で渡して、当時住んでいた東京・練馬をめざし、シフトしようとするたびについ動かしてしまった左手を、ドア・パネルに打ちつけつつドライヴしたのであった。左ハンドル車ははじめてだったのだ。

スズキさんが過去に所有したフランス車は延べ9台で、2CV(4台)、GS(2台)、CX(1台)、BXブレーク(1台)はいずれもシトロエン製。2020年型のアルピーヌA110にも1年間乗ったという。写真はシトロエンGS。


DSがデビューした2年後に公刊された『神話作用』において、フランスの思想家の著者、ロラン・バルトは、DSにたいして、「かつてゴシック建築の大聖堂が持っていた影響力に匹敵する存在」であるとか、その空力的な凹凸のないフラッシュ・サーフェスのボディの滑らかさは「完璧さの象徴である」とかの賛辞を惜しまず送ったけれど、GSを所有してみて、なかでも得心がいったのは、「明らかに、速度の錬金術から運転の美食趣味へと移行している」というDS評の一文だった。

走行感覚を料理に例えるなら舌平目のムニエル

僕が買ったGSが積む1.2リッターの空冷水平対向4気筒はわずか60馬力を発揮するに過ぎなかった。とはいえ、高速道路での追い越し時をふくめて、その動力性能への不満はまったく覚えなかった。それというのも、バルト流にいえば、GSもまた、速度を追い求めるよりも「運転の美食趣味」を満足させようとするクルマであったからだ。

すなわち、速度域を問わず、その走行感覚は、極上の舌平目のムニエルのように滑らかなテクスチュアを、どこまでも保つのであった。ホバークラフトさながらに路面からわずかに浮き上がっているかのように道路の凹凸に左右されないフラットな乗り心地があり、回転が上がるにつれて木琴のように音のまろやかさを増す水平対向エンジンのハミングがあり、加速時に尻を、制動時にノーズを沈ませることも、旋回時にロールを許すこともない不動のボディの落ち着きがあり、そして身体全体をふわりと包み込むふかふかのラウンジ・ソファそのもののシートがもたらす安らぎがあった。天国ドライヴなのである。

しかし、このGSを長く乗りつづけることはできなかった。それというのも、DS同様GSの全身に血液のごときオイルをゆきわたらせる血管にも相当するパイプ・ネットワークの連結部やエンジン・ブロックなどに配されたオイル・シールやガスケットのいたるところから緑色の「血液」(LHMという鉱物油)が滲み出して、じわじわぽたぽたと出血が絶えず、ついに修理代の累積が生活苦を招きそうになるという地獄が訪れたからである。DS同様GSの最大の機構的特徴である空気バネと油圧ポンプを組み合わせた「ハイドロニューマティック」の基幹システムには、オイルの滲み出しという病巣が潜んでいたのであった。

通常の金属バネとはまったく違う極上の滑らかな乗り心地を生み出す窒素ガスとオイルから成るこのシステムは、エンジンの動力によって作動する高圧ポンプが発生する油圧を介して、サスペンションのみならず、ブレーキやパワーステアリング、トランスミッションも制御したから、ギャビン・ライアルが『深夜プラス1』のなかでDSを評して「この車には人間の体より多くの管が走っている─ということは、出血したら死にかけているということだ」と述べたくだりは、GSにもそのまま当てはまったのである。

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