2024.01.28

CARS

「忘れてきた青春の1日」 好きなクルマに乗ろうと決めたのは「還暦」がきっかけだった! 若き日に夢見た2台のフォーミュラカーとモーガンが今の楽しみ!

1965年型のブラバムBT16と1969年型のBT28とモーガンとオーナーの伊藤さん夫妻。

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突然のF3デビュー

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しかし完全にレースと縁が切れてしまったわけではなかった。

「27歳くらいの時かな。友達がレーシング・カートに誘ってくれてね。そしたらこれが面白くて、帰り道に注文した(笑)。それから3年くらいかな。黎明期の全日本選手権に出場して、鈴木亜久里なんかと一緒に走っていたんだ」

それから暫く経った88年。トニーさんは突然、全日本F3選手権に出場することになった!

「ある日、FJで速くてフランスに行った若いのがF3000に乗りたいって言ってるから相談に乗ってくれと電話があってね。それで会ったのが片山右京だった。87年の11月くらいに帰ってきて“3月の鈴鹿から出たい。絶対F1に行くからお願いします”って言うの。ついその気になって、BATSUにスポンサーをやらないかって説得したんだ」

実は淑江さんのお姉様はアパレル・ブランド“BATSU”の創業メンバーの1人。トニーさん夫妻も一時期その仕事を手伝っていた縁もあり、片山選手へのフル・スポンサーが決まることとなった。

バーカウンターのあるガレージには、F3時代の写真も飾られていた。

「発表会もバブルの時のアパレルだから赤坂プリンスで派手にやりました。そしたら右京がね、1台だけじゃ寂しいからF3も出せばいいじゃんと2台での参戦発表会にしたわけ。しかも右京が“トニーがF3に乗れば?”って言うんだよ!」

今でもトニーさんのガレージには、当時のヘルメットとともに、No.35をつけたBATSUカラーのラルトRT31F3の写真が飾ってある。

「社員旅行でグアムから帰ってそのままタイヤ・テストに行ってね。15年鈴鹿を走ってないし、F3乗るのは初めてだし。そしたらピットロードで心配そうに右京と亜久里が見てるんだよ! ムカついたから2周目から全開ですよ。でも流石にF3は速いし練習時間もない。しかも上に行こうという目的じゃなく趣味で走っていたのは僕だけ。結局F3は2、3レースで辞めちゃった」

一方、片山選手は最終戦で表彰台争いを展開するなど随所に光る走りをみせ見事にチャンスをつかみ、トニーさんとの約束を叶えてF1への階段を上がっていくことになる。

「何年か前の鈴鹿のイベントでね、僕のピットに右京が来て“トニーさんがいなかったら僕はF1には行ってませんでした”って言ってくれてね。みんな大騒ぎになったんだけど、あれは嬉しかったな」




忘れてきた青春の1日

カートやF3でレースをしたというと、余計に趣味のクルマが恋しくなりそうだが、トニーさんがその誘惑に負けることはなかった。

「休みの日になるとさ、朝から友達が911だとかNSXとかで“乗ってよ”って遊びに来る。それで満たされるのよ。乗ると買わなくて済む。乗らないと欲しくなるけどね」

しかし仕事も落ち着き、60歳になったのを契機に、トニーさんは我慢していたクルマ趣味を解禁する。

「タイトルは“忘れてきた青春の1日”。乗りたいと思ったけどやめていた分、好きなクルマを買って楽しもうと。仕事を頑張ってきたご褒美?  褒美じゃないよ。褒美はもらうものであって、自分で買うものじゃない。その時が来たってこと」

まず手に入れたのは、2台だけ正規輸入されたイエローのロータス・エキシージ・スプリントだった。

「昔、エランが欲しかったんですよ。20歳の頃にエラン・スプリントが出て、確かアトランティックで385万円で、とてもじゃないけど買えなかった。エキシージはそのイメージだね。でもギヤボックスや足まわりにかなりお金を注ぎ込んでもしっくりこなかった。感覚としてカートやF3が残っていたんだろうな。そんな時、エキシージを買ったACマインズに顔を出したら“フォーミュラ買った方が安上がりだよ”って言われてね。ロータス51を買ったんだ」

デビュー・レースでいきなり2位に入ったトニーさんは、その面白さに開眼。しかも速さは折り紙付きで71歳になった今でも表彰台の常連であり続けている。一方で18歳の時にレーサーになることを反対した淑江さんはどう思っているのだろう?

「私はクルマでは反対したことはないの。だって楽しそうでしょう。お風呂出てからもガレージで一人ニタニタして。そこにベット置いて寝たらいいのにねぇ(笑)」

以前は、エキシージとともに「4000回転以下は使えないし、ハードトップ付きなのに雨が降ると車内がプールになる」MGBレーシングを所有していたトニーさん。その2台を手放してガレージに収めたのが、最終仕様にだけ用意された淡いブルーに彩られたモーガン・プラス4だった。「可愛いでしょ。夫婦で温泉旅行に行くと人気なんですよ(笑)。今A110 Rフェルナンド・アロンソが気になってるんだけど、モーガン手放したらもう2度と手に入らないだろうし。悩ましいよねぇ」

そんな伊藤家のガレージにはもう1台、2019年型のモーガン・プラス4が収まっている。

「エキシージに乗って夫婦で温泉に行くと、クロスミッションだし疲れるんですよ。そんな時に出てきたのがこれ。可愛いでしょ。ハンドルは重いけど冷暖房付き。2リッターのフォード・エンジンはトルクもあるし淡々と走れる。スピード違反の心配がないのもいいよね(笑)」

最近、アルピーヌA110Rが気になって仕方がないというトニーさん。今のラインナップは心地よく、とても気に入っているというが、果たして“忘れてきた青春の1日”を取り戻すことはできたのだろうか?

「いつか速いスポーツカーを買おうとは思ってたけど、60歳でフォーミュラに乗ったのはよかった。スタートの緊張感。あれがある限りボケない(笑)。最初の1~2周は、一体何してんだって思うけど、最後はまだ走りたくなる。ああ、18歳の頃の夢を叶えられてよかったって思うね」

文=藤原よしお 写真=望月浩彦

(ENGINE2023年2・3月号)

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