2026.02.14

CARS

日本のスーパーカーブーム生みの親、『サーキットの狼』池沢早人師が語る!! あの頃、誰もが熱狂した 

約80台ものスポーツカーを乗り継ぐ日本を代表するスポーツカー愛好家の池沢早人師先生。

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1970年代半ば、少年だけでなく多くのクルマ好きが熱狂した漫画『サーキットの狼』。この漫画をきっかけに日本にスポーツカー文化が根付いたといっても過言ではない。その生みの親である池沢早人師先生はどのようなスポーツカー生活を送っているのだろうか。

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スポーツカーは全クルマ好きの憧れ。我々にとっては常識だが、そのようなコンセンサスが広く社会に存在するのは、欧米+日本だけだ。それ以外の新興国では、一部富裕層のアクセサリーという側面が強い。



中国、インド、韓国が好例だ。中国は世界第1位、インドは第4位、韓国は第5位の自動車生産台数を誇るが、それらの国々には、世界に名を知られた国産スポーツカーが存在しない。

欧米を除けば、なぜ日本にだけスポーツカー文化が根付き、世界一級のパフォーマンスカーが生まれ、世界的に希少になったライトウェイトスポーツも生き残っているのか。それは、日本には『サーキットの狼』というマンガがあったからではないかと考えている。

ちょうど半世紀前、1975年に『少年ジャンプ』誌上で連載が始まり、76年から77年にかけて、スーパーカーブームを巻き起こした『サーキットの狼』。このマンガがあったことで、少年層という草の根に、スポーツカーへの憧れという種が植えられた。しかもそれは、彼らにとって、否、当時の全国民にとって雲の上の存在、実物を見たことすらない、自動車の頂点に君臨するスーパーカーへの憧れであった。

おかげで少年たちは、頂点から俯瞰する神の視点を与えられ、長じて、日本のスポーツカー文化を支える脊柱となった。そう考えていいのではないか。



『サーキットの狼』の作者である池沢早人師先生は、スポーツカーだけで約80台を乗り継ぐ、日本を代表するスポーツカー愛好家だ。池沢先生は、どのようなスポーツカー遍歴を持ち、どのようなスポーツカー観を持っておられるのか。元担当編集者でもある私・清水草一が、改めてうかがってみた。

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