カウンタックを知らなかった!?
――先生は18歳でマンガ家デビューされ、20歳で初代フェアレディZを買われていますよね。
池沢「そう。免許を取るまでは、特にクルマには興味はなかったんだけど、偶然家の近くでZを見かけて、なんてカッコいいクルマなんだと思ってね」
――最初はデザインへの憧れだったんですね。
池沢「なにしろまだクルマを持ってなかったからね。Zはだいぶイジって、432仕様みたいにしたんだけど、タイヤを太くしすぎて、かえって走りが悪くなっちゃって、こりゃ失敗したなーと思ったよ(笑)。次に買ったのはトヨタ2000GT。新古車みたいなクルマで、確か250万円くらいだった」
――今では夢のような値段です。
池沢「当時はそれでも『高いなぁ』と思ったよ。なにしろ新車価格よりちょっと高かったんだから」
池沢先生は、その2000GTで、毎晩のように通った場所があった。飯倉にあったアトランティック商事のショールームである。そこには、ロータス・ヨーロッパが飾られていた。
池沢「ロータス・ヨーロッパも、地元で偶然見かけて、あまりの車高の低さとカッコよさに衝撃を受けたんだ。すごく欲しくなって、ヨダレを垂らすようにして眺めていたね」
ただ、本心は別のところにあった。
池沢「当時、本当に欲しかったのはポルシェだった。でも、値段的に手が届かなかった。73年当時、911Sは650万円、カレラRSは780万円。今でもはっきり覚えているよ」
――ロータス・ヨーロッパはいくらだったんですか。
池沢「確か340万円くらいだった。それが、僕が払える精一杯の金額だったんだ」
池沢先生は、手に入れたロータス・ヨーロッパで箱根のワインディングに向かい、ハンドリングに心から感動する。そして、『サーキットの狼』の主人公、風吹裕矢の愛車となった。
池沢「それしか買えなかったからそうなったんだけど(笑)、マンガのストーリーとしては、パワーのあるクルマで勝ってもしょうがないし、僕がロータスしか買えなかったのは、結果的にはよかったんだよね」

『サーキットの狼』で主人公が乗るのは、常にパワーよりもハンドリングにすぐれたクルマであり、スーパーカーブームの主役となったランボルギーニ・カウンタックやフェラーリBBは、マンガの中では常にチョイ役だった。
池沢「なにしろ、『サーキットの狼』の連載が始まった頃は、僕自身、まだカウンタックもBBも知らなかった」
――えっ、存在もですか。
池沢「そうだよ。その証拠に、『サーキットの狼』で公道グランプリが始まった時は、どっちも出場していないんだ。描いてる途中で存在を知って、乱入という形で参戦させたんだよね」

ロータス・ヨーロッパの次に池沢先生が買ったのは、中古のディノ246GT。こちらもハンドリングマシンで、これが風吹裕矢の2番目の愛車となった。池沢先生がポルシェ930ターボやカウンタック、BBを購入するのは、スーパーカーブームが巻き起こり、巨額の印税が入るようになってからだ。
ただ、その後の購入歴を見ると、フェラーリで言えばF40を頂点に、パワー競争から降りたようにも見える。
池沢「F40は478馬力だっけ? 今ならあんまり大したことないけど、当時はすごくパワフルだったし、おっかないクルマでね(笑)。パワーに対してサスが柔らかすぎて、箱根ではコーナーでチンスポイラーを打ってしまうんだ。じゃあってサーキットに行くと、今度はブレーキ性能が足りない。これじゃ走る場所がないなと思って、F355に買い替えたんだよ」

その後の池沢先生のフェラーリ遍歴は、360スパイダーF1、チャレンジストラダーレ、F430と続き、そこで途絶えている。458イタリアは、「速すぎる感じがあった」として買っていない。
ポルシェに関しては、964カレラRS、964カレラカップカー(レース用)、993GT2、996GT3等、スパルタン系に進んだ後、991カレラS(PDK)を「サーキットでも日常の足としても最高」と、かなり長く楽しんだ。そして現在は、最新のカレラTが納車されたばかりだ。
――先生の車歴を見ると、風吹裕矢と同じで、パワーよりハンドリング志向ですよね。
池沢「うーん、そんなこともないよ。僕は、見て、運転して、そそられるクルマが好きなだけだから」
――でも、最新のカレラTなんか、その典型じゃないですか?
池沢「まだ納車されたばかりだけど、実を言うと、『ちょっと遅いな』と思ってる(笑)」
――ええっ!!
池沢「足もマイルドすぎるって感じる。乗り心地が良すぎるんだ。車高もちょっと高いんだよね」
――カレラTは、930型あたりの911の古典的な味わいがあって、素晴らしいと思いますが……。
池沢「僕としては、前に乗っていたBMW M4くらいの乗り味が理想だな。オレってまだ若いなと思ったりもするけどね(笑)」

池沢先生は、スペシャルな限定モデルへのこだわりは強くないし、決してパワーだけを追い求めてもいない。本能の赴くままに、自分の好きなスポーツカーを乗り継いでいるだけなのだ。
ただ、その志向は、75歳になった現在でも、『サーキットの狼』の後半に登場した、ディノRSスペシャルくらいの、スパルタンでレーシィなマシンにあるようだ。なにしろ“サーキット”の狼なのだから。
日本のクルマ好きは、本質的にはパワーよりもハンドリング志向であり、スパルタンすぎるほどスパルタンなマシンを善しとする傾向もある。その価値観もまた、源泉は『サーキットの狼』に辿り着くのではないか。我々は現在も、池沢早人師のクルマ観を追い求めているのだ。
話す人=池沢早人師+清水草一 まとめ=清水草一 写真=茂呂幸正 取材協力=アニメディア・ドット・コム

■池沢早人師・サーキットの狼ミュージアム池沢早人師先生が漫画家生活40周年を迎えた2009年に設立。ロータス・ヨーロッパのほか、『サーキットの狼』に登場するスポーツカーをはじめ、プラモデルや消しゴムといったスーパーカー・グッズや池沢早人師先生の未発表生原稿などが展示されている。東関東自動車道潮来I.C.よりクルマで15分。開館日は土曜、日曜、祝祭日のみで、開館時間は10:00~16:00(入館は15:30まで)。なお、年末年始(12/28~1/3)は休館となる。茨城県神栖市息栖1127-26。
(ENGINE2025年12月号)