2025.12.12

LIFESTYLE

ホラーの鬼才が描く、ホラーじゃないのにすごく怖い映画『エディントンへようこそ』

『エディントンへようこそ』148分。12月12日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開。配給:ハピネットファントム・スタジオ

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『ヘレディタリー/継承』や『ミッドサマー』といったホラーで世界的な注目を集めるアリ・アスター監督。その最新作は陰謀論やデマが飛び交う、現代アメリカの姿を描いた異色の人間ドラマだ。

ホラーというフィルターを通し、人間の深層心理や社会の歪みを鋭く描く、ニューヨーク出身の映画作家、アリ・アスター。白夜の北欧の村を舞台に、カルト教団の標的となる若者たちの悲劇を描いた『ミッドサマー』を観て、その悪夢のような世界観に引きずり込まれた人も多いことだろう。

市長選に立候補するジョーを演じるホアキン・フェニックス(写真)。『ジョーカー』の怪演でオスカーを獲得した名優にとって、アリ・アスター監督作に主演するのは、『ボーはおそれている』に続き2度目となる。ジョーの宿敵、テッドに扮するのは話題作への出演が相次ぐペドロ・パスカル。そのほかエマ・ストーン、オースティン・バトラーという、アメリカ映画界を代表する演技派たちが顔を揃えている。

そのアスター監督の長編4作目となる『エディントンへようこそ』は、いわゆるホラーではなく、ダーク・コメディ的なニュアンスをまとった異色の人間ドラマだ。

物語の舞台は、まるで西部劇に登場しそうな荒涼とした田舎町。コロナ禍で町がロックダウン状態にある中、保安官のジョー(ホアキン・フェニックス)と市長のテッド(ペドロ・パスカル)は、マスクを着用するかしないかの立場で対立している。だがジョーが次なる市長選に立候補したことで、両者の対立はさらに激化。その諍いは町全体に飛び火し、SNSによる流言や根拠のない批判が、住民たちを対話の余地がない分断へと追い込んでいく。



「僕らが暮らす国のように感じられる映画をつくりたかった」

と、アスター監督が語っているように、本作で描かれているのはまさに現代アメリカの縮図である。市長選で争う2人の男の主張は、大衆に迎合したポピュリズムそのものだし、心身のバランスを崩し、自宅に引きこもっているジョーの妻は、過激な陰謀論を繰り返すYouTube動画にはまっている。さらに全米でブラック・ライヴズ・マター運動が起きたことをきっかけに、自分たちの正しさを信じて疑わなくなった若者たちが、町のいたる場所で“正義”という名のもとに暴走し始める……。



本作では、実際に起きた事件を巧みに取り込みながら、今の混沌とした時代における人々の不安や孤独を、時に滑稽に、そして時に残酷に描いてみせる。

後半、物語はまったく予期せぬ暴力的な展開を見せるが、その背後に見え隠れするのは、嘘やデマに惑わされ、自制の利かなくなった危険な群衆の姿である。この原稿の冒頭で、これはホラーではない、と書いたが、怖いという意味では、やはりホラーなのかもしれない。

文=永野正雄(ENGINE編集部)

■『エディントンへようこそ』
148分。12月12日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開。配給:ハピネットファントム・スタジオ (C) 2025 Joe Cross For Mayor Rights LLC. All Rights Reserved.

(ENGINE2026年1月号)

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