2026.02.23

CARS

「ポルシェ935」と戦った青いシルエットフォーミュラを憶えていますか?【ノスタルジック2デイズ2026】

パシフィコ横浜で開催されたノスタルジック2デイズ2026、メイン・ステージ横のこの日の主役はコレ!

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アラフィフ、アラ還が懐かしいと思うレーシング・カーは多々あるが、往時に世界有数の模型メーカーであるタミヤのお世話になっていた自動車趣味人にとってブルーの「シュニッツァー・セリカLBターボ(トヨタ・セリカLBターボ Gr.5)」はひときわ特別な存在だろう。

1978年発売のあのタミヤの1/24プラモデルに、スーパーカー少年たちも夢中になった!


2月21日〜22日にパシフィコ横浜で開催されたノスタルジック2デイズ2026の会場でも、退場時間に至るまで、この感涙モノかつ幻のレーシング・カーは、ずっと誰かが撮影し続けているほどの人気ぶりであった。

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1970年代中盤のレース・シーンを席巻していた「ポルシェ935ターボ」に対抗するために製作された「シュニッツァー・セリカLBターボ」は、ドイツ・トヨタが企画し、名門シュニッツァー・モータースポーツが手がけたレーシング・カーだ。



ベース車となったのは1973年に登場した「トヨタ・セリカLB(リフトバック)」で、Gr.5レーシング・カーの規定が許す範囲でボディやシャシーを大々的にモディファイ。



レギュレーションによってボンネット、ドア、ルーフ、テール・パネルなどに「セリカLB」の面影があるが、フロント・スポイラーの先端から伸びるラインがそのままフェンダーにつながり、大きく張り出したリア・フェンダーへと続く大迫力のフォルムを有していた。



大型のリア・ウイングまで装備するそのシルエットは本当にカッコよく、模型メーカーの各社が挙って製品化。スーパーカー・ブームに熱狂していた子どもたちをも熱くさせた。



フロントに搭載されたパワーユニットは水冷直列4気筒の18R-G型エンジンをベースとし、シュニッツァー製16バルブヘッドを装着。排気量を2090ccまで拡大し、クーゲルフィッシャー製インジェクション・ポンプとKKK製シングル・ターボを取りつけることで最高出力は560ps/8800rpmに達した。



サーキットにデビューしたのは1977年シーズンのドイツ・レーシングカー選手権第8戦ホッケンハイムで、決勝4ラップでリタイア。第9戦ゾルダーも決勝3ラップでサーキットを去ってしまった。しかし、最終戦ニュルブルクリンクでは1、2、3位のポルシェに続く4位で完走。その後、ゾルダーで行われたノンタイトル戦のADACトロフィーに出場し、ようやく常勝の「ポルシェ935ターボ」を破って初優勝を果たした。1977年シーズンのボディ・カラーはブルーであった。

外装色がレッド/ホワイトのデュオ・トーンに変更された1978年シーズンは、初戦からドイツ・レーシングカー選手権に参戦したが、第7戦マインツフィンテンで7台の「ポルシェ935ターボ」に続く8位でフィニッシュしたのが最上位かつ唯一の完走というリザルトで終了した。



1979年シーズンはトムスによって日本に持ち込まれ、同社の設立者である舘 信秀選手のドライブで富士スーパーシルエット・シリーズに参戦。9月に開催された富士インター200マイル・レースで見事優勝した。



1981年シーズンからトラストの所有となり、富士スーパーシルエット・シリーズに参戦したが、1983年シーズンでお役御免となって長らく消息不明となっていた。2000年代にトラスト・カラーのセリカLBターボが廃車置き場に放置されている姿が確認され、その価値を理解している有志が救出。現在もレストアが進行中だが、1977年仕様として蘇り、再びファンの前で美しい姿を披露することになった。



日本においてシルエットフォーミュラ・ブームを巻き起こした“本物の迫力”は何年経っても色褪せないことを「シュニッツァー・セリカLBターボ」は教えてくれる。

文と写真=高桑秀典

(ENGINE Webオリジナル)

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