2019.05.01

LIFESTYLE

予算が限られたサラリーマンなのに「こんなに有名な建築家に」設計を依頼しても良いのか そんな施主と建築家を繋いだものとは

設計を手掛けたのは、シーラカンスアンドアソシエイツ トウキョウ。

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360°ぐるりと緑に囲まれた小田原の板倉邸。室内は明るく、風通しがすこぶるいい。その秘密はパズルのように動くパネルにあった。クルマと暮らす理想の住まいがテーマの雑誌『エンジン』の大人気シリーズ「マイカー&マイハウス」。今回は、360度ガラス張りでありながら、明るい見晴らしと適度なプライベートを両立したアイディア住宅を紹介。デザイン・プロデューサーのジョースズキ氏がリポートする。

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目指したのは、明るく、景色が良く、風通しの良い家

ゆったりとした空気が流れる、海からほど近い、小田原市の住宅と農地の入り混じったエリア。そこに建つ全面ガラス張りの板倉孝明(43)さんたちの家は、ひと目で建築家の手によるものと分かる外観をしている。設計を手掛けたのは、シーラカンスアンドアソシエイツ トウキョウ。地元で働く仲の良い普通の夫婦が、東京の名の通った建築事務所に仕事を依頼したのは、愛車であるフォルクスワーゲン・タイプ3 バリアント(1966年型)がとりもつ縁だった。

タイプ3の顔を拝まなければ、家に入れない板倉邸。1階の床を下げているので屋根の位置は低く、平屋と見紛うほどのサイズ感だ。屋根の上は、洗濯物を干すスペース。

このクルマが板倉家にやってきたのは19年前のこと。夫婦でドライブ中にタイプ3とすれ違って一目惚れし、フォルクスワーゲン専門店を通してアメリカにオーダーした。黒いボディに白い内装など、好みのスタイルに仕立てられたクルマが届いたのはそれから一年後のこと。湘南地方は古いワーゲンに乗っている人が多く、道ですれ違うと知らない者同士でも挨拶する習慣があるそうだ。「クーラーが付いていないので、夏は大変です。三角窓まで開け、外から見えない足元で扇風機を回しても暑いままですが、それを悟られまいと笑顔で手を振り返しています」と、奥様の節子さん。この家が建つ以前は、海沿いのアパートに住んでいたので、ボディの所々は錆びているが、そのままにして直さないのは、多くのワーゲン乗りに共通するところだ。板倉さんは最初、このクルマを通勤の足にしていたが、「今は通勤に自転車を使っていて、月に数度しか乗れていない」と、少し申し訳なさそうである。そしてこのタイプ3でお世話になった専門店の、メカニック氏の自邸を設計したのがシーラカンスアンドアソシエイツだ。その独創的な設計に魅せられつつも、板倉さん夫婦は多くの建て主が共通して持つ不安に襲われた。つまり、比較的規模の大きな建物が中心の「こんな有名な建築家に」「サラリーマンという予算の限られた立場で」設計をお願いして良いのかと。だが結果は、案ずるよりも、である。東隣に農家の営む柿畑が広がるロケーションなどを気に入ってもらい、仕事を請けてくれたのである。

イームズチェアを含め、板倉さんはオーソドックスなものを長く使うのが好き。

板倉さんたちが希望したのは、明るく、景色が良く、収納に殆どのものが収められる、風通しの良い家。いくつかあった提案から選んだのは、コンクリートの基礎をそのまま利用して、一階の床面を地面より70cm低くし、基礎の最も外側と屋根の間にぐるりとガラス窓を配したプランだ。これであれば無駄になる構造や空間が存在せず、コスト削減にもつながる。しかも窓の向こうに広がる柿の木の幹が目の前で、遠くまで視線が抜けるのが心地よい。外部の木々の緑が映えるよう、室内のコンクリート部分は黒く塗られた。奥様の背丈に合わせて作られたキッチンは、この柿畑を正面に望む特等席。台所仕事をしていると、近所の猫たちが目の前の芝生の庭を横切っていく。なんとも長閑だ。

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