まるで電気ショーではないか、というくらいに多くの電気自動車が発表された今回のフランクフルト・ショーにあって、数少ないマルチ・シリンダーの内燃機関を搭載した昔ながらのウルトラ・スポーツ・モデルとして登場したのが、この新型アウディ(Audi)RS7スポーツバックだった。
その生まれながらの絶滅危惧種!?とも言うべき貴重な新型車に、いち早く試乗する機会を得たのだから、またとない幸運と言うべきだろう。フランクフルト空港から、かつてヒルクライムに使われていたというワインディング・ロードのある郊外の村まで、ひとっ走りしてきた。
新型RS7スポーツバックの外観上の特徴は、これまで以上に低くワイドなボディを得たことにある。A7スポーツバックのフェンダーを左右20mmずつ計40mm張り出させ、フロント・フェンダー部で1950mmの全幅を持つこのクルマは、それでいてマッチョなこれ見よがしの筋肉を見せつけるわけではなく、あくまでエレガントな5ドア・クーペ・スタイルを保っている。
A7と共用するボディ・パネルは、ボンネット、ルーフ、フロント・ドア、テールゲートの4点のみ。あとはすべてが独自にデザインされているからこそ、フェンダーを拡げても、この美しいスタイルを得ることができたのだろう。
むろん、フロントの左右に穿たれたエア・インテークや、リア・バンパーの下に備えられた大型ディフューザーの存在を見れば、アンダーステイトメントというほどに地味ではないが、しかし声高に存在を主張してまわりを威圧するほどではない。その絶妙なバランス感覚に、まずは 一つ目のシャッポを脱ぐ思いだった。
デジタル時代の男の仕事場という雰囲気を持った運転席に乗り込み、スターターボタンを押してエンジンに火を入れる。一瞬、いかにもスポーツ・モデル然とした雄叫びを上げて目覚めたV8ツインターボは、すぐに静けさを取り戻し、落ち着いたアイドリング回転に入る。8段ATのシフト・レバーをDレンジに入れてアクセレレーターを踏み込んでいくと、まるで超高級サルーンの発進のようなスムーズさで、スルスルと2トンのボディが動き出した。
600ps / 81.6kgm という、ひと昔前ならスーパーカーのものであったはずの超ド級のパワートルクを持ちながら、なんとこのエンジンはよく躾けられているのだろう。間違いなくそこにあるという脈動は伝わってくるのだが、荒々しさや激しさは微塵も感じさせない。どこまでもクールに、アウトバーンに入り日本の高速道路の制限速度を超える速度域に達しても、あたかもさらに多くのシリンダーを持つエンジンのような落ち着いた静けさを保っている。
いや、それどころか、アクセレレーターを踏み込む足を上げて巡航し ながら徐々に速度を落としていくと、 まったく気付かないうちにエンジンが停止してコースティング状態に入っていた。
このクルマはA7同様、48Vの主電源を持つマイルド・ハイブリッド・システムを備えており、アクセレレーターを緩めると、ベルト駆動式オルタネータースターを使ってエネルギー回生するか、あるいはアイドリングをストップしてコースティングするか、クルマ自身が効率のいい方を判断して、ドライバーにさえ気取られないまま、勝手に実行するようになっているのだ。 再びエンジンが掛かる瞬間も、ほとんど振動がないので、よほど注意していないと気付かない。
さらに8気筒の半分の4気筒が休止するシステムまで付いているといのだが、これはいつ休止しているのか、私にはまるでわからなかった。そういう賢さを持つ一方で、このエンジンはむろん、とんでもないパワーも秘めている。アウトバーンでひとたび床までアクセレレーターを踏み込めば、ロケットのような怒濤の加速を見せる。
いや怒濤という表現は違う。なぜなら波がしぶきを上げるような荒々しさはまったくないからだ。いささかも顔色を変えることなく、V8のクールな小気味いいサウンドを立てながら、ワープするようにシューンと前に進んで行く。
その時、標準装備のエアサスが付いた試乗車は常にフラットな姿勢を保ち、ほとんどスクワットする素振りも見せなかった。RS用にチューニングされたエアサスは、乗り心地がいいだけでなく、スポーティな走りにも対応する懐の深さを持っている。
加えて、クワトロ4WDはもちろん、オプションの後輪操舵、スポーツ・ディファレンシャルなど、走りに関するあらゆるシステムが統合 制御されて、クルマの状態を最適なものにしてくれているのに違いない。これまでのアウディが持っていた安定感と安心感のレベルが、さらに数段階上がったような印象を持ち、二つ目のシャッポを脱いだ。
小さな村にある別荘のような建物が中継地点だった。そこでプレゼンを聞き、ランチを食べた後、今度はオプションのダイナミック・ライド・ コントロール付きRSスポーツ・サスペンションを装備した試乗車で、ヒルクライム・コースに使われていたという山道に向かう。これがエアサス仕様に輪をかけて素晴らしいクルマだった。
ダイレクト感を増した足回りは、路面の荒れをエアサスより正確に伝えて来るが、だからと言って特段乗り心地が悪いわけではなく、むしろ、さらにピントがピタリと合った感覚で、一服の清涼剤のような清々しささえ感じられる。ただしエアサスではオートでもスポーツでも良かった乗り心地が、こちらはスポーツではかなり硬めになるから、通常はオートを選ぶべきだろう。
とにかく走っていて驚くのは、対角線上にあるダンパーの油圧システムを繋いで同位相に伸び縮みさせるダイナミック・ライド・コントロー ルの威力で、これがあるとクルマが路面に張りついたような感覚になり、ギャップがあっても煽られたり伸び上がったりすることがない。
やがて、ヒルクライムのコースに着き、ワインディングを走り始めた。こういうところを走るには、ボディがあまりに大きく、重すぎる、と最初は思ったのだが、いざ走り始めると、アレッと思うくらいスルスルとコーナーを駆け抜けることができるのに、自分で運転していて面食らった。
コーナーへのアプローチではアンダーステア気味な挙動が感じられるのに、ノーズをインに向けたら、あとはアクセレレーターを適度に踏んでいけば、まるでオン・ザ・レール感覚で走れてしまうのだ。
その時、タイヤが悲鳴を上げることもなければ、後輪が1mmさえ滑り出すこともない。恐らくこれも運転に関するあらゆる電子制御システムが統合制御された結果、もたらされた走りなのだろうが、あくまでも自然で、電子制御の介入を感じる場面はなかった。
実は、中継所に置いてあったアウディのエンジニアたちのトラックには、彼らがクワトロをアピールする アイコンに使ってきたトカゲの絵が描かれていた。そしてよく見ると絵は透視図になっていて、エンジンやサスペンションを持った機械仕掛けのトカゲであることがわかるようになっていたのである。
なるほど、超スポーティなのにマイルドな乗り味を持つRS7スポーツバックは、まさに機械仕掛けのトカゲのようだ。速さとしなやかさを合わせ持つ理想の到達点に、アウディはいよいよ近づいている。脱帽である
アウディRS7スポーツバック
文=村上 政(ENGINE編集長) 写真=アウディA.G.
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