2016年以来、4年連続でエンジン・オブ・ザ・イヤーを受賞する快挙に輝いたフェラーリV8エンジン。その栄誉を自ら讃えて世に問うた、その名も、F8トリブートの走りをイタリアで堪能してきた。
2019年5月に、プロダクション・モデルとしてはブランド初となるプラグイン・ハイブリッド・モデル、SF90ストラダーレを発表したフェラーリ。どうやら、これまでなによりもまず、その至高の存在とも言うべきエンジンで世のスポーツカー好きのホットなエモーションを駆り立て続けてきたイタリアン・スポーツカーの雄も、いよいよ将来の電動化シフトを視野に入れて動き始めていることが明らかになったわけだ。
それだけに、このF8トリブートの名前が持つ意味はとてつもなく大きい、と私には思えてならないのだ。なにしろ、フェラーリ自身が自らのエンジンを讃える名前を臆面もなく車名につけてきたのだ。むろん、このV8ツインターボ・ユニットが2016年以来4年連続でエンジン・オブ・ザ・イヤーの最優秀エンジンに輝き、さらに2018年には過去20年の歴代最優秀エンジンの中でも最も優秀だとして、「ベスト・オブ・ベスト」の特別賞も受賞したことが背景にあるのは良く分かっている。
しかし、1975年に登場した308GTB以来、328GTB、348GTB、F355、360モデナ、F430、458イタリア、そして先代の488GTBへと続くV8ミドシップ・フェラーリの系譜を見ると、その名付け方は排気量や気筒数などに即したある意味そっけないもので、ふたつの地名を除いては(それも十分にそっけないと私は思うのだが)、今回のような情緒的な名前が付けられたことはなかった。
ひょっとすると内燃機関だけを持つフェラーリのミドシップ・シリーズはこれが最後で、この名前はその暗示なのではないか。―私は頭の片隅にそんな思いを抱きながら、フェラーリの本拠地マラネロで開かれる国際試乗会に向かったのである。
試乗前夜のプレス・カンファレンスの前に、サプライズが待っていた。なんとマラネロのエンジン工場で、V8エンジンの組み立てを体験させてもらえたのだ。私の班はシリンダーにピストンを取り付ける作業だったが、まるで芸術品のように美しく磨かれたパーツに触れていると、なるほどこれは讃えられるべきオーラを持ったエンジンだと素直に思えてきてしまう私は単純なのだろうか。
それはともかく、その3.9ℓV8ツインターボは、今回、488GTBの670psから720psへと50ps パワーを増強され、比出力はリッター172psから185psへと進化した。その背景として圧縮比が9.4から9.6に高められ、軽量なチタン製のコンロッドやインコネル製エグゾースト・マニフォールドが採用されるなど50%のパーツが新設計のものに換装された結果、エンジンだけで18㎏の軽量化が図られ……と聞きながら気付いたのは、これって昨年ここで試乗した488ピスタのエンジンとほとんどまったく同じではないかということだった。
フェラーリ側はピスタはあくまでスペシャル・モデルだとして、488GTBからの進化を強調していたが、実際のところはピスタで開発した新技術の多くをノーマル・モデルに転用して作られたのがF8トリブートだと言ってもいいように思う。
ほかにもたとえば、エア・インテークをボディ・サイドからリア・スポイラー部分に変更して、空気の流入量と効率を大幅に向上させている点も同じだし、エアロダイナミクスの面では、ロード・カーとしては初めてピスタに取り付けられたF1由来のフロントのダウンフォースを稼ぐ新兵器「Sダクト」も、こちらにも転用されている。フロント・ラジエターを前傾から後傾に変更して冷却性能を高め、それに伴うアンダーボディの設計変更でダウンフォースを稼いでいるのもピスタと同じだ。
さらにリア・ウィンドウをポリカーボネイト製にしている点も共通だが、こちらはF40を模したスリットの入ったデザインになっている。これも含めた軽量化に関しては、カーボン・パーツを多用するピスタが488GTB比90㎏の削減を実現しているのに対して、F8は40㎏の削減にとどまる。とはいえ、馬力荷重では488GTBの2.04ps/㎏から1.85ps/㎏へと大幅なパフォーマンスの向上が図られているのだ。
翌日の試乗日、私たちはまずは公道試乗から始めることになった。運転席に乗り込み、ステアリング・ホイール上の赤いスターター・ボタンを押すと、盛大な爆音を上げてV8ツインターボに火が入る。ただし、派手な音を立てるのは最初の30秒ほどで、アイドリングが安定すると波が引くように静かになっていく。むろん、それでも決して静寂が訪れるわけではないのだが、かつてのようにむやみやたらと爆音を張り上げているわけではないのである。
走り始めて感心したのは、この数年のフェラーリは新型車が出るごとに快適性と運転のし易さを劇的に増しているが、今回も特筆大書していいくらいにその両方において進化しているということだった。ステアリング・ホイールの径をいくぶん小さくしたという話だったが、ほとんどわからない程度だ。それよりも重すぎず軽すぎず、速すぎず遅すぎずのちょうどいい按配の操舵フィールとレスポンスが秀逸だと思った。
それにしても、かつてこんなに運転しやすいV8ミドシップ・フェラーリがあっただろうか。実用車として毎日の通勤にでも使えるのではないかと思えるほど、街中でも幹線道路でもアウトストラーダでも、乗り心地は快適。それでいて、いざ山岳路を飛ばし始めれば、低く太い独特のサウンドを響かせながら、ミドシップらしいスッと向きを変える気持ちのいいコーナリングを見せる。
少し気になるのはフェラーリはターボラグ・ゼロと豪語していたが、ターボである限りは効き始めるまでに一瞬の間があるのはやむを得ないわけで、コーナリング中に回転数が落ちるとどうしても立ち上がりで思っていたようなトラクションが即座に得られない時があることだ。コーナーの中でも少しアクセレレーターを煽り続けてやるとやや改善される。
それともう一つ気になるのは、音だ。やはり、いくらチューニングされてエモーショナル度を高めても、自然吸気時代のあの甲高いサウンドには叶わないと思った。
公道試乗から戻ると、今度はサーキットでの試乗が待っていた。ところが困ったことに、コースイン直前から雨が降り始めて、まさに滑り頃の路面になってしまったのだ。それでも、マネッティーノでウェットを選んでいれば、まったく電子制御の介入を意識させられることなく、ごく自然に、それでいて結構な速度でサーキットを走れてしまう。このウェット・モードの威力は凄まじい。
ではスポーツやレースではどうかとモードを変えてみると、車両状態は激変。あたかも隠し持っていたカミソリの刃をスッと剥き出しにしたかのような本性を見せてきたのにはハッとさせられた。コーナーのみならず直線を走っていてさえ、スロットルを多めに開けるとお尻を振り出してしまう。しかし、それでも慌てさえしなければ、カウンターを当ててコントロールできてしまうのだから、スポーツのみならずレース・モードでも効くようになったというスリップ制御システムのフェラーリ・ダイナミック・エンハンサー・プラス(FDE+)が知らず知らずのうちに手助けしてくれていたのだろう。
しかし、残念ながら私にはあの雨の中、コーナーで思い切りリアを滑らせてみるようなことは、とてもできなかった。まだ雨が降っていなかった時にインストラクターの運転するクルマの助手席で観察した限りでは、リアが滑り始めたらとにかく積極的にアクセレレーターを踏んで行けば、あとはクルマが適宜、4つのブレーキや、リアの左右のタイヤにトラクションを配分するEディフをうまく制御して、適度なカウンターを当てながらドリフト・アングルを維持して行けるような姿勢に持っていってくれるということらしい。
そうはいっても、誰でもが易々とドリフトができるわけではない。どんなに乗り易くなっても、フェラーリが持つカミソリの切れ味は健在。それはむろん、電動化の時代になっても変わらないに違いない。
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文=村上 政(ENGINE編集長) 写真=フェラーリspa
■フェラーリF8トリブート
駆動方式 エンジン・ミド縦置き後輪駆動
全長×全幅×全高 4611×1979×1206㎜
ホイールベース 2650㎜
乾燥重量 1330㎏
エンジン形式 直噴V8DOHCツインターボ(バンク角90度)
排気量 3902cc
ボア×ストローク 86.5×83㎜
最高出力 720ps/7000rpm
最大トルク 78.5kgm/3250rpm
トランスミッション デュアルクラッチ式7段自動MT
サスペンション(前) ダブルウィッシュボーン/コイル
サスペンション(後) マルチリンク/コイル
ブレーキ(前後) 通気冷却式ディスク(CCM)
タイヤ(前/後) 245/35ZR20/305/30ZR20
車両本体価格(税込み) 3264.3万円(2019年12月発売)
(ENGINE2019年12月号)
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