2020.08.12

CARS

初代プリウスは遅かった! 自動車ジャーナリストの渡辺敏史さんが初代トヨタ・プリウスを人生初のミズテンで買った理由とは

初代トヨタ・プリウス

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あらためてクルマとともに過ごしてきた来し方を振り返り、クルマが私たちの人生にもたらしてくれたものについて、じっくりと考えてみるスペシャル企画「わが人生のクルマのクルマ」。自動車ジャーナリストの渡辺敏史さんが選んだのは、「初代トヨタ・プリウス」。残りの免許の点数と自動車の行く末を思い、手に入れた初代プリウスはクルマを走らせる喜びとは、けっして速さだけを競うものではないことを教えてくれたのだった。

インテグラ・タイプRと変わらない値段のプリウス

免許をとってクルマを手に入れて、日夜キャッキャはしゃぎながらそれを乗り回していた若かりし頃。燃費のことなどこれっぽっちも考えず、自分で稼いだお金でガソリンを注ぎ込むことさえ、いっぱしの大人気分で誇らしかったりしたもんである。

そんな僕がこの仕事を始めたのが、税制が改正されて2リッター以上の排気量のクルマが身近なものとなり、GTRだZだスープラだRX-7だと、280psの自主規制いっぱいまでパワーを高めたスポーツ銘柄よりどりみどりの、バブル景気と同調し日本車が悲願だった世界水準のパフォーマンスを手に入れた時期だ。当然ながら世の大勢は、燃費のことなど棚に上げての浮かれ気分だった。


と、まさにその頃から唱えられ始めたのが地球温暖化の影響が人類の存亡に及ぶだろうという話だ。調べてみると92年には気候変動枠組条約が採択、95年には条約締結国による初めての会議=COP1がベルリンで開かれている。締結国は国連加盟国と同じ197とあらば、温暖化対策は宇宙船地球号に乗る全人類的取り組みということになるだろう。

と、その地球温暖化の主因とされているのが温室効果ガス、うち4分の3が二酸化炭素だ。身勝手に油を燃やすことは人類への攻撃と同義と、世の中でそんな空気が醸成され始めたことは、野放図にクルマを走らせていた僕でも気づき始めていた。

97年、3回目のCOPが12月に京都で開催される直前の10月に、トヨタはプリウスを発表した。諸説あるが、当時の開発者の談話をみるに、21世紀よりもだいぶ手前のCOP3に間に合いましたとするために、開発はゴリゴリに前倒しされたようだ。

当時VTECのMT車に乗っていた僕が、インテグラ・タイプRとそう変わらない値段のそれに興味を抱いた理由は、まず環境に優しいというよりも残り点数が風前の灯だった免許に優しいからだったように思う。が、心のどこかで、この新しもんを通して自分が親しんできたクルマの未来がどういう風に変わっていくのかをいち早くみてみたいと思う気持ちがあったのも確かだ。

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