2020.08.23

CARS

人気スタイリスト森岡弘さんの思い出のクルマ「ポルシェ911カレラが彼女だった日々」

ポルシェ911カレラ

全ての画像を見る

これまで出会ったクルマの中で、もっとも印象に残っている1台は何か? クルマが私たちの人生にもたらしてくれたものについて考える企画「わが人生のクルマのクルマ」。スタイリストの森岡弘さんが選んだのは、「ポルシェ911 カレラ2 ティプトロニック」。雑誌や広告のファッション・スタイリング、芸能人やアスリートの衣装などなど、幅広い分野で活躍する森岡さん。これはバブル景気が終わった頃に出会った、ふたりの彼女とのエピソードである。

僕が愛した女たち

「森岡くん、僕のポルシェに乗ってくれないかな?」

それはバブル景気が終わった後の92年秋、なにかにつけて可愛がってくれていた9歳年上の先輩からの電話だった。あまりに突然過ぎて僕はなにを言っているのか分からなかったが、急に事業資金が必要になり、ローンをそのまま引き継いでもらえないかというお願いだった。


身分不相応ゆえ、もちろん断った。けれども「でも一度乗ってみて」と先輩から言われたら、体育会系の僕は断れない。結局ステアリングを握る羽目になってしまった。

これが彼女との出会い。東京水天宮にあった大塚兄弟自動車から買った82年式のポルシェ911(北米の並行物)。左ハンドルのマニュアルで、色はブルーグレーのメタリック。記憶では7万kmは走っていた。走りはとても魅惑的。ペダルを踏めばグングン走るし、ブレーキを踏めばキュキュっと止まる。初めて運転が楽しいと思ったのである。

悦楽の走りに頭の中がアドレナリンで酔いしれた僕は、なんと先輩の依頼をあっさりと承諾。その後訪れる後悔の日々を麻痺した頭で想像することなど、できなかった。

数日後、車オタクの友人からオイル漏れ、クラッチ板修理費の高さを知ることになる。とくに半クラの多用が危ないことを知ってからは、毎日通る三軒茶屋の高架橋の坂で止まる度にドキドキする羽目になった。リッター4~5kmしか走らなかったが、ステアリングを握る度にグラマラスな彼女の魅力に酔いしれた。こうして僕は、嫌いになりたくてもなれない、タチの悪いワガママ女に惚れてしまったわけである。

じっくり付き合ってみると、彼女の性悪さは増すばかり。梅雨のころにもなると不機嫌で、送風口からはいつも生暖かい風が舞う。窓を全開にしながら、右手はシフトチェンジの合間に団扇をパタパタ。「こんなポルシェ乗りは世界中でも俺だけだぜ!」と悦に入っている勘違い大馬鹿野郎だったのだ。

そんなこんなで面白おかしく乗っていたのだが、あまりにエアコンが効かず、彼女を入院させることにした。ラジエーターを交換した請求額はなんと51万円。スーツや靴やバッグの購入を考えていた夏のボーナスが一気に吹き飛んだりもした。

2年近く乗り、車検を迎えるタイミングで、ミツワモータースにいた友人に相談を持ちかけると、新しい女性を紹介されることになった。

目の前に現れた彼女は、何もかもが僕のタイプだった。エレガントな佇まいとワイルドな走りの印象は、まるで“ジキルとハイド”。その二面性に一目惚れした僕は、迷うことなく、真っ赤な装いが素敵な彼女と付き合うことにした。新しい自慢の彼女の名はポルシェ911カレラ2(92年生まれタイプ964)。オートエアコン、エアバッグ、電動式サイドスクリーンが初搭載で3600ccの空冷フラット6。もう懲り懲りのマニュアルシフトはやめてティプトロニックにした。空冷エンジンの乾いたエグゾースト・サウンドは洗練され、グラマラスさを増したボディが織りなす一体感のある加速フィールと手の内に収まるパワーは元カノにない信頼と安心を感じた。

その彼女とは96年10月まで付き合ったのだが、僕が急性骨髄性白血病を発病したため泣く泣くお別れすることとなった。その後、ポルシェとは縁が切れ、ボルボV70、ベンツE430、BMW5のワゴン、ベンツのゲレンデ(G500)、BMW5のセダン数台と仕事で使うことを優先して選び、乗り継いできた。

僕にとって車は生活に充実感を与えてくれる大切なもの。この先何台かは乗り換えることになるだろうが、最後の一台を選ぶなら、迷うことなく運転することの面白さや喜びを教えてくれたポルシェにラブコールするだろう。その彼女候補として考えているのは、オープントップで露出度の高い、タルガちゃん。いつか愛の告白をしたい。

文=森岡 弘(ファッション・ディレクター)

(ENGINE2020年7・8月号)

無料メールマガジン会員に登録すると、
続きをお読みいただけます。

無料のメールマガジン会員に登録すると、
すべての記事が制限なく閲覧でき、記事の保存機能などがご利用いただけます。

いますぐ登録

PICK UP



RELATED