今月乗った、もう1台の新着フェラーリはF8スパイダーだ。先代の488スパイダーから引き継いだリトラクタブル・ハードトップのルーフを持つミドシップ・フェラーリに乗って、夢想したのは……。
308GTBを出発点とするフェラーリのミドシップV8モデルといえば、トンネル・バックのスタイルこそが長らくそのアイコンだった。それが1999年に登場した360モデナからガラス・ハッチを持つクーペ・スタイルになり、現在のF8トリブートに至るわけだが、今でもトンネル・バックこそがV8ミドシップ・フェラーリの本流だと考えるフェラリスタがいたとしても不思議ではない。そんな人にとって、まさにドンピシャの選択肢がこのF8スパイダーである。先代の488スパイダーから引き継いだリトラクタブル・ハードトップは、オープンにした時のフィンが残るスタイルも麗しいが、それ以上にクローズにした時のトンネル・バック・スタイルにこそ積極的に選ばれる価値があると思う。実際、488スパイダーはフェラーリ史上もっとも成功したミドシップV8オープンになったというから、このスタイルを待ち望んでいた人が決して少なくなかったのだろう。
では、それはいったいどんな人なのか。日本上陸ホヤホヤで、まだ500kmほどしかマイレージを重ねていない試乗車に乗りながら、ずっとその人物像を思い描いていた。
大きくGTカーとスポーツカーに2分されるフェラーリのポートフォリオの中で、このF8スパイダーはもちろんスポーツカーに分類される。新しいローマより100psも強大な720psの3.9リットルV8をリア・ミドシップに搭載し、0-100km/h加速が2.9秒、最高速度は340km/hを誇るパフォーマンスの持ち主なのだから当然といえば当然である。しかし、都内のビルの谷間を悠然と流している時には、むしろ、ローマに勝るとも劣らないくらいエレガントで少しクラシックなテイストも持ったスポーツカーであるように感じられた。いや、その後、高速道路に乗って箱根に向かった時の安定性もGTカーたるローマに負けず劣らずだったし、さらに箱根の山道での走りについて言えば、ちょっと多めにスロットルを開けたらすぐにでもお尻がむずかり出す気配を見せるローマに対して、F8スパイダーの方が遥かにドッシリとした安定感を終始見せていたのである。
むろん、さらにサーキットで限界近い領域まで持っていけば、ローマを超えるドライビング・スリルが待っているであろうことは、F8トリブートをフェラーリの本拠地にあるフィオラノ・サーキットで運転した経験から想像はつく。ひと度リアが滑り出した時には、FRのローマよりさらに高いドライビング・スキルが要求されるに違いないのだ。
しかし、このF8スパイダーにはそういう走り方は似合わないと、私は乗れば乗るほど思った。それよりもっと落ち着いて、ビルの谷間や美しい紅葉の山道を流すのにこそ似合っている。その時、ドライバーズ・シートにいるのはどんな人か。屋根を開けても閉めても、バックする時にはカメラ以外ではほぼ後ろが見えないし、合流で斜め後ろを確認することなどフィンに遮られて到底不可能な、この美しくも厄介なクルマに乗ることができるのは、ココロにもサイフにもよほど余裕がある人に違いない。そういう人に私はなりたい。
■フェラーリF8スパイダー
駆動方式 エンジン・ミドシップ縦置き後輪駆動
全長×全幅×全高 4611×1979×1206mm
ホイールベース 2650mm
トレッド(前/後) 1677/1646mm
車両重量 1640kg(前軸670kg:後軸970kg)
エンジン形式 直噴V8DOHCツインターボ
排気量 3902cc
最高出力 720ps/8000rpm
最大トルク 770Nm/3250rpm
トランスミッション デュアルクラッチ式7段自動MT
サスペンション(前) ダブルウィッシボーン/コイル
サスペンション(後) マルチリンク/コイル
ブレーキ(前後) 通気冷却式カーボンセラミックディスク
タイヤ(前) 245/35ZR20、(後) 305/30ZR20
車両本体価格(税込み) 3657万円
文=村上 政(ENGINE編集部) 写真=柏田芳敬
(ENGINE2021年1月号)
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