2021.02.13

CARS

356と911ナローと930ターボ、本国ポルシェ・ミュージアムからやってきたクラシック・ポルシェ3台に乗る

ポルシェの歴史のなかで50年代、60年代、70年代を代表する3モデルを袖ヶ浦フォレストレースウェイで試乗した。それぞれの進化、そして走りから見えたものとは?


村上 至福の半日を満喫しました。なにしろポルシェ・ミュージアムのクルマに乗れるなんて、シュトゥットガルトに行っても、そう簡単には叶わないことだからね。それをましてや我々のフィールドで乗れるなんて、夢のような出来事だった。


藤原 皆さん、今までこの3台に乗られた経験はありますか?


荒井 3台とも初めて。


新井 356は撮影でちょっと動かした程度。ナローは別の年式のならあります。930は何台か乗ったけどターボは初めてだと思う。


村上 356は驚いたことに17年に本国のミュージアムを訪ねたときに特別に乗せてもらった個体そのものだった。ナローは13年に本国であった50周年企画で乗せてもらった。930も乗った経験はあるけれど、ターボの記憶はないなあ。


藤原 356は2年前のスイスでのワークショップで、ナローは13年に富士スピードウェイで開催された911の50周年イベントで、そのものを運転しました。930ターボも何台か乗った経験がありますが、カブリオレは初めてです。


村上 実に貴重な機会だったよね。しかもコンディションはすべて100点満点だった。


藤原 ミュージアムのワークショップでも、356から930までの一気乗りは記憶にないですね。


運転に流儀がある

村上 僕はとにかく356がいいなと思った。すごくバランスがいい。4気筒で後ろが軽いことがあのシャシーに合っていた。一方ナローは後ろがすごく重くて、コーナーでも意識してスロットル・ペダルを踏んであげないと不安感があるよね。結構デリケートな感じだった。


荒井 356は4輪ドラムブレーキの効きがね……。これは無事に返そうって気持ちになりました(笑)。


藤原 ノンサーボなので余計にそう感じたのかもしれませんね。一方でフロアが硬くしっかりした印象はありませんでした?


村上 あった。まるで金庫に乗っているような剛性感があった。


藤原 戦前からの蓄積があったとはいえ基本設計が1948年。昭和23年にあの答えを導き出していたポルシェって改めて凄いと思いました。


村上 剛性感と硬質感、それでいて鷹揚な感じ。逆にナローは特殊なバランスのクルマだって思った。本当に乗り方を覚えないと一番気持ちいいところに入れない。キレの良さは凄いけど、乗りこなすのが大変だよ。


荒井 ナローに乗ると、たまに「今、うまくいったかも」って瞬間がある。その時がものすごく気持ちいいよね。これで病みつきになるんだろうな。


新井 あとエンジンの回転落ちの鋭さ。昔の本に「911をシフトアップするときはスロットルを戻さない。回転落ちが早すぎるから次のギヤに入れる間に、その速度に合うように少し踏むくらいがいい」ってあったけど、今回も丁寧にシフトしてると、あっという間にアイドリングまで落ちちゃう。718ケイマンのMTはあそこまで鋭くなかった。


藤原 空冷時代までは“ポルシェの流儀”があって、クルマに合わせないとちゃんと走らなかった。踏まないと安定しないとかね。ポルシェに初のモンテカルロ・ラリー優勝をもたらした伝説のドライバー、ヴィック・エルフォードが言ってましたよ。「ナローが乗りにくいというのは嘘だ。乗り方がわかってないだけだ」。


村上 でもいきなりは馴染めないよ。1速が左手前にある5段のギヤボックスを含めて特殊な感じがした。


二次曲線の進化

新井 ターボを75年デビューと思えば、大体10年ごとの代表的なモデルが揃ったことになる。356からナローの進化より、ナローからターボの進化はすごかったですね。


荒井 あんなに素晴らしいとは思わなかった。ターボは89年型でしょ。あの辺の時代に向かって内燃機関のクルマは頂点に行くんだと思ったね。毎日乗ってるメルセデス(S124)は92 年、マイカーのジャガーXJ6は87年。あの辺の年代が私にとってはツボなんだなと。


村上 930というより、あの年式のあの個体が良かったんだと思う。


藤原 ターボは89年型だけ、ギヤボックスがG50なんですよね。


村上 そう! ギヤボックスが良かった。僕が乗ってる996カレラ4Sの6段MTよりも良かった。


藤原 ポルシェ・シンクロだったら印象が変わっていたかもしれませんね。結構シフト・フィールでクルマの印象は大きく変わるので。


新井 ボルグワーナー・シンクロなら乗ったことがない人でも普通に乗れる。でも356とナローはシフト、ブレーキ、ステアリングの反応が遅いし、時代の差がすごいなと。無論当時としては良いものだったんだろうけど、クルマの進化の曲線が比例じゃなく、二次曲線になってる感じ。50年代から80年代に掛けてどんどん進化したんだなって改めて思った。


荒井 シートも幌も電動だもんね。


村上 ナローから930に変わった時に、996から997に変わるくらいの大きな変化があった。同じシャシーでも、まるで違うものになったくらいボディのしっかり感が変わった。


藤原 ターボもマイルドでした。


新井 現代のターボとセッティングが違う。中回転以上から上、伸びが足らなくなるところを補足するようなターボだからすごく乗りやすい。


村上 ドッカン・ターボだなんて言われるけど、そんな感じはなかった。今乗っても遅い気がしない。


藤原 デビュー当時は排ガス規制の真っ只中ですから、あの加速感は異次元だったと思います。


村上 しかも今回のターボはカブリオレでしょう。あれはスポーツカーでありながら実用車であるというポルシェのあり方の象徴だと思う。


新井 カブリオレでもボディがヤワな感じが一切なかったです。


村上 ポルシェの考える実用って、4人乗って荷物を運べるということだけではない。日常的に使っての気持ち良さ。運転快楽っていうのかな。屋根が開いたら気持ちいいっていうのも欠かせない実用性なんですよ。


藤原 あと信頼性も性能の一部ですよね。確実に目的を果たす強い意志がクルマにある。3時間、代わる代わるみんなが乗っても根をあげなかったのはクラシックとしては驚異的なこと。他車ではできない。


変わらないもの

村上 今回は『ポルシェの中の変わるものと変わらないもの』がテーマの特集だけど、変わらないと思ったのは、ドシっとした乗り味と安心感。あれは356の時代から持っていたものなんだね。それはタイカンに乗っても同じだった。


荒井 あとは音かな。空冷の乾いた音の感じが変わんないんだなと思った。今回はまさにドライな電気自動車がいたからなおさらそう感じた。


新井 確かに356の4気筒でもすごく魅力的な音がする。


村上 どんなにパワーが増えて、たとえ電気になっても、その根本にある哲学は全くブレていない。タイカンも紛れもないスポーツカー。サーキットで乗っても違和感がない。通底するものが流れているよね。


藤原 今日はどれも古いクルマとして接しましたが、それぞれの新車当時はべらぼうな存在だったと思うんです。実用性、速度、信頼性含めライバルとはレべルが違う感じですね。


村上 それが「最新は最良」ということ。ポルシェの中で最良なだけでなく、その時代でも最良。今回乗ったクルマもそれぞれの時代の最良。


荒井 時代とともに性能も上がっていき、それに伴って扱いやすさも進化している。930は多少心得のある人なら運転できるけど、ナローはそうはいかない。992の座談会でも同じ話をしてたんですよ。ポルシェ911は民主化したって。


村上 性能の進化の歴史は民主化の歴史なんだね。


藤原 では、そこで敢えて今回のベストを選ぶとしたら?


荒井 僕は(山口)百恵ちゃんの真っ赤なターボ。♪みどりーのなかを♪ ずっと911を買うなら993の一点狙いだと思ってたけど、今回の930は強烈だった。


新井 自分で持つならナローかな。356だと今の交通環境は辛い気がする。930も良かったけど、あれなら最新のでも良いやって。


村上 純粋に自動車として比べたら930。新しいし普通に乗っても問題ない。でも味わいで言えば356。ポルシェの出発点であり、彼らの持ってるものがすべて詰まっている。


藤原 僕はナローですね。一番モノにするのが難しい感じ。一見さんお断りみたいな。あれを乗りこなせたらカッコいいと思いませんか?


村上 僕は歳を取るほど便利な都心に住んで最新のクルマに乗るべきと思ってるんだけど、こうして乗ってみて、やはり味って大事だなと感じました。ポルシェにはどの時代にも味がある。それは芯にしっかりとした哲学がある証だと思います。

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語る人=藤原よしお(まとめ)+村上 政(ENGINE編集長)+荒井寿彦(ENGINE編集部)+新井一樹(ENGINE編集部) 写真=神村 聖 協力=袖ケ浦フォレストレースウェイ


■ポルシェ911ターボ・カブリオレ


駆動方式 リヤ縦置エンジン 後輪駆動
全長×全幅×全高 4291×1775×1310mm
ホイールベース 2272mm
車両重量 1335kg
エンジン形式 空冷水平対向6気筒SOHCシングルターボ
排気量 3299cc
最高出力 300ps/5500rpm
最大トルク 432Nm/4000rpm
トランスミッション 5段MT
サスペンション(前) マクファーソンストラット+トーションバー
サスペンション(後) トレーリングAアーム+トーションバー
ブレーキ(前後) ベンチレーテッド・ディスク
タイヤ(前後) 205/55VR16 245/45VR16
生産台数 244台(本国仕様)


■ポルシェ356A 1600S


駆動方式 リヤ縦置エンジン 後輪駆動
全長×全幅×全高 3950×1670×1310mm
ホイールベース 2100mm
車両重量 620kg
エンジン形式 空冷水平対向4気筒OHV
排気量 1582cc
最高出力 60ps/4500rpm
最大トルク 110Nm/2800rpm
トランスミッション 4段MT
サスペンション(前) ダブルトレーリングアーム+トーションバー
サスペンション(後) シングルトレーリングアーム+トーションバー
ブレーキ(前後) ドラム
タイヤ(前後) 5.60-15
生産台数 2921台(クーペ)


■ポルシェ911


駆動方式 リヤ縦置エンジン 後輪駆動
全長×全幅×全高 4163×1610×1320mm
ホイールベース 2211mm
車両重量 1030kg
エンジン形式 空冷水平対向6気筒SOHC
排気量 1991cc
最高出力 130ps/6100rpm
最大トルク 174Nm/4200rpm
トランスミッション 5段MT
サスペンション(前) マクファーソンストラット+トーションバー
サスペンション(後) シングルトレーリングアーム+トーションバー
ブレーキ(前後) ディスク
タイヤ(前後) 165R15
生産台数 3421台


(ENGINE2021年1月号)

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