2021.04.10

CARS

エルメスのビスポーク・アトリエを訪ねる 夢をかたちに、クルマ版

追求しているのは“用の美”

一方、もう1台は対極にある現代も現代、最新のマクラーレン・スピードテールだ。2016年11月に公式発表された時には限定106台がすでに売り切れていたという生まれながらの伝説をつくった1台。4リッターV8ツインターボ+モーターで1070馬力のパワーを叩き出し、最高速度403km/hを誇る。1993年のマクラーレンF1と同じく中央に運転席、その両側に少し下がって助手席がある独特のシート・レイアウトを持つが、この個体は、その3つのシートを含めた内装すべてがアニリン系のタン・カラーのレザーとアイボリーのファブリックを組み合わせたエルメス仕様に変更されている。さらに外装も、エルメスのレザー色からインスピレーションを得たというブルーに塗られていた。


2016年11月に公式発表された時には、すでに175万ポンド(約2億4000万円)のプライス・タグをつけた限定生産の106台が完売していたというマクラーレン・スピードテール。1993年のマクラーレンF1ロードカーから受け継ぐ3座シートのレイアウトを持ち、かつてF1が記録した当時の速度記録である396km/hを上回る403km/hを実現したハイパーカーだ。4リッター V8ツインターボ+電気モーターのシステム最高出力は1070ps、最大トルクは1150Nmで、デュアルクラッチ式7段自動MTを介して後輪のみを駆動。エルメスが内装をビスポークするにあたっては、メーカーのエンジニアとの綿密な打ち合わせをしたという。

こちらのオーナーもエルメスへのオーダーは3台目。ただし、すべて異なるメーカーのもので、1台目はパガーニ・ウアイラ、2台目はブガッティ・シロン。ヴィジュアル的にもクリエイティブ的にもエルメスのDNAが詰まった、それでいて自分だけの1台をつくり上げることにこだわっている人なのだという。


エルメスのスペシャルオーダー部門デザイン&エンジニアリング・ディレクターを務めるアクセル・ドゥ・ボフォール氏。英サウサンプトン大学の造船学・デザイン学科を卒業し、2002年に船舶デザインの事務所を設立したが、エルメスによる船をつくるプロジェクトに参加したのをきっかけに2012年エルメス入社。これまで手がけた中で一番珍しいビスポークは? という質問には、なんと日本の京都に住む顧客からオーダーされた人力車、という答えが返ってきた。シートだけではなく、すべてをイチから設計したという。「ビスポークの目的は生きた物語があり、一生使ってもらえるものをつくることです」。

「クルマのビスポークで大切なのは、まずお客様が何を求めているかを理解し、それを現実化する際には、加えてエルメスとクルマ本来のDNAを大切にしながら進めることです」


と語るのは、ディレクターを務めるアクセル・ドゥ・ボフォール氏だ。


「そして、なにより大切なのは謙虚さだと思います。すでに美しいクルマをいかにしてさらに美しくするか。クラシックカーの場合にはその時代のエスプリを失わないようにしなければいけないし、現代のクルマでは技術的な制約と折り合いをつける必要がある。だから、エンジニアとクリエイティブ・ディレクターが緊密に連携していることが重要なのです。私たちは機能からくる“用の美”を追求しています。ただ美しいものをつくっているわけではありません」


日本人からのオーダーもあって、シトロエンDSや最近ではロールス・ロイスの内装を手がけたそうだ。さあ、あなたも一度いかがですか。


文=村上 政(ENGINE編集長) 写真=マキシム・オラヴィル Photos by Maxime Horlaville


(ENGINE2021年5月号)

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