アルバム『エコーズ・オヴ・ライフ』を発表したアリス=紗良・オット (C)Pascal Albandopulos
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コロナ禍で音楽を見つめ直した3人のピアニストたち。それぞれに自分の生き方を模索し、たどり着いた新録音を紹介する。
いま聴きたいのはベートーヴェンの第9金子三勇士はコロナ禍で、ピアニストとしてどう生きるのかを熟考し、いま一番聴きたい作品は何かと自問自答したところベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」の第4楽章という結論に行きついた。リストがピアノ1台で演奏できるように編曲した版があり、それに挑戦して新しいアルバムのタイトルを『フロイデ』(ユニバーサル ミュージック)と命名した(ドイツ語で喜び、楽しみ、歓喜を意味する)。「僕はリストの考え方や生き方、人々のために社会のためにさまざまな挑戦や発信をし続けた姿勢に深く影響を受けています。その意味で、いま世界中が大変な時期に弾くべきだと思ったのです」リスト編は音符が想像を絶する多さで、難度の高い仕上がり。それを金子は嬉々として演奏、ベートーヴェンとリストの偉大さを表現する。
バレエのようなリズム表現を
上原彩子はデビュー20周年を迎え、2月に東京・サントリーホールにおいて「2大協奏曲を弾く!」と題したコンサートを開き、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番&チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を収録した(キングレコード)。「ラフマニノフはオーケストラの分厚い響きが特徴で、ピアノはオーケストラがよく鳴るように支えていかなくてはなりません。チャイコフスキーは最近新たな視点が見つかりました。彼はオペラやバレエなど舞台芸術を得意としていましたから、この曲もオペラのように歌わせ、バレエのようなリズム表現をしたいと思うようになったのです。私はどんなに弾き慣れた曲でも、常に新鮮な演奏を心がけたい」上原の演奏は類まれなる集中力と緊迫感に富むもの。このライヴも熱く深く潔い。
ショパンで人生の旅路を表現
アリス=紗良・オットは3年ほど前からショパンの《24の前奏曲》のすばらしさに目覚め、録音したいと思うようになった。その時期に多発性硬化症という病気が判明し、自身の人生を映し出すような音楽を演奏したいと思うようになる。「ショパンの前奏曲は各曲がとても短いのですが、個々のキャラクターがとても個性的で人生のひとこまのよう。そこでほかの作曲家による7曲を間奏曲のように挟み込み、人生の旅路を表現したいと考えたのです」 アルバム『エコーズ・オヴ・ライフ』(ユニバーサル ミュージック)にはフランチェスコ・トリスターノの書き下ろしからニーノ・ロータ、武満徹まで多彩な曲が加わり、アリスがモーツァルトの《レクイエム》をアレンジした曲で幕を閉じる。これらはアリスの子ども時代から現在までの精神状態を表現し、生き方を映し出す。そして聴き手にも人生を考え、前に向かって進むことを促している。
金子三勇士
1989年、日本人の父とハンガリー人の母のもとに生まれる。6歳で単身ハンガリーに渡りリストやバルトークの作品を学ぶ。2008年バルトーク国際ピアノコンクール優勝。
上原彩子
2002年、チャイコフスキー国際コンクール・ピアノ部門で女性として日本人として史上初の第1位獲得。東京藝術大学音楽学部早期教育リサーチセンター准教授。
アリス=紗良・オット
1988年、ドイツ人の父、日本人の母のもとに生まれる。ヨーロッパ各地の国際コンクール優勝を経て、2008年ドイツ・グラモフォンと契約。2019年多発性硬化症と診断されたことを公表した。
文=伊熊よし子(音楽ジャーナリスト)(ENGINE2022年8月号)
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