2023.12.03

CARS

シトロエンとポーランドの繋がりには、日本も関係していた!? ヤフオクの7万円のエグザンティア・オーナー、ウエダがシトロエン長年の謎に迫る【シトロエン・エグザンティア(1996年型)長期リポート#27(番外篇5)】

アンドレ・シトロエンとその家族を巡る旅の相棒はDS 7クロスバック。フェイスリフト以前の初期モデルで、ガソリン+メカニカル・サスペンションという仕様。francuskie.plのイェンドジェイ・フミレフスキさんの愛車のうちの1台だ。

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1つめの発見

暖かで日差しもあった昨日とは打って変わって、この日はみぞれまじりの真冬の一日だった。



赤と黄色のトラムや、通勤途中のクルマたちが忙しく行き交うワルシャワの市街地を、DS 7クロスバックで走ること約15分。着いたのは、Klifというどこにでもあるような、大きなショッピング・モールの駐車場である。

1つめの発見、アンドレにまつわる人々が眠るユダヤ人墓地は、このモールの前を走るオコポバ通りを挟んで向かい側にあった。




リサルトさんがシトロエンの、いわば前史を調べ始めたきっかけは、2004年、たまたまこの墓地の近くに引っ越したことだったという。そして同じくシトロエン家のルーツのことを調べていた友人の歴史家とともに、墓地内を探し回ったそうだ。

ワルシャワは第2次世界大戦でとてつもない悲劇に見舞われ、破壊と殺戮が繰り広げられたが、このオコポバの墓地は軍人たちが伝染病を恐れ、足を踏み入れることが少なく、今も当時の姿を色濃く残している。

黒い大きな門扉を抜け、入園料を払って墓地に入ると、木々の間に、様々な形の無数の石柱がそびえ立っていた。丁寧に磨かれているものもあれば、苔むして今にも倒れそうなものや、すでに倒壊し、土に埋もれかけているものもある。

まず入口からほど近い、65区画にあるアンドレの姉、ジャンヌの墓へと案内された。立派な囲いと、ポーランド語と英語で書かれた説明用の看板が掲げられているので、すぐにそれと分かった。



囲いの中にはゴールドフェダー家の墓がいくつも並んでいるが、向かって正面の白い石碑がジャンヌのもので「ZN.14 KWIETNIA 1932」と「Z DOME CITROEN」と刻まれていた。



リサルトさんによれば、日本と同じく亡くなった日を示しているそうだから、訳すならば「ジャンヌ・ゴールドフェダー 1932年4月13日没 シトロエン家」という感じだろうか。

白い石碑は真新しく、周囲の石碑よりずっと美しかった。しかし発見時は、長年風雨にさらされたオリジナルの石碑は文字がかすれ、女性名のジャンヌなのか、男性名のジャンなのかすら、はっきりしなかったという。



ジャンヌの墓の発見は2017年に公表された。そして、それがきっかけでアンドレ・シトロエンの孫の1人であるベルナール・シトロエンらの資金援助により、2021年、可能な限り元の姿を模して再築されたのだった。新しい石碑は、わざわざ当時の階段で使われていた、古い大理石を加工して造られたそうだ。

続いてリサルトさんは、僕らをさらに墓地の奥へと連れて行ってくれた。整備のための土木工事も行われているようだが、あちこちに倒壊した石碑が完全に埋もれており、どこが墓でどこに人が埋葬されているかも、もはや分からなくなっているところもある。

墓地をぐるりと囲む高い壁の近くの、入口から北側の6区画で、ようやく彼は足を止めた。




細長い五角形で、上部の左右に2つ半円の小さな柱が付く石碑は、アンドレの祖母、ミリアム・レイチェル・クラインマンのものだという。ジャンヌのものとは違い、こちらはオリジナルのままだ。まったくの偶然だろうが、上部の石の刻み方は、まるでシトロエンのダブル・シェブロンのようにも見える。

石碑の日付は1891年7月23日。このとき、アンドレはまだたったの13歳だ。「ちなみに彼女は、ラズベリーを食べて映画館で亡くなったんだ」とリサルトさんはさらりという。

日本でも戦国武将の合戦の地などを調べるなど、熱心なアマチュアの歴史研究家は数多くいる。けれど、まさかシトロエンの創始者のおばあちゃんの墓まで見つけ出し、死因まで調べ尽くしているとは。いやはや彼のシトロエンに対する情熱には脱帽するしかない。


2つめの発見、シトロエンの聖地へ

寒いユダヤ人墓地を後にし、暖かなDS 7クロスバックの車内に戻ると、冷え切った体がみるみるうちに緩んできた。イエンドジェイの用意してくれた軽食と飲み物を車内で口にしながら、僕らは次の目的地へ向かった。

目指すのはアンドレが義理の兄と、シトロエンのエンブレムの由来となったダブル・ヘリカル・ギアを見た場所だ。それはワルシャワから西へ約100km、ウッジ(Lodz)という都市の郊外の、ゴウォフノ(Glowno)市だという。






そして、事前には知らされなかったのだけど、なんとゴウォフノの市長が、日本から来た僕を待っているというのだ!


約束の時間は迫っていた。いくらなんでも市長を待たすわけにはいかない。ほぼ直線で、片側2車線のポーランドの高速道路を、DS 7クロスバックはかっ飛んでいく。追い越し車線へ出てこようとする荷物満載のカングーやベルランゴのような商用車たちを、時にパッシングで警告するような、かなりの速度域だ。

「昨日のエグザンティアとこのDS 7のほかに、実はXMも持っているんだけど、今日みたいな時はDS 7じゃないとね」と、イエンドジェイは笑う。加えてこの季節のポーランドでは、融雪剤による車体の腐食も心配で、エグザンティアやXMをあまり走らせたくないようだ。

エグザンティアで来られなかったのは残念だったが「確かに、やっぱりDS 7で良かったよ」と僕も笑った。こうして時間ギリギリに、我々はなんとかゴウォフノ市庁舎へと辿り着くことができたのだった。

さて、次回はいよいよポーランド篇の最終回。リサルトさんに加え、もう1人の歴史家と一緒に、2つめの発見である、シトロエンの聖地を巡る。

アンドレ・シトロエンの成功のきっかけになった、ダブル・シェブロンのルーツであるダブル・ヘリカル・ギアがあった場所は、一体どうやって見つかったのか。

はたしてその場所は、水音だけが響く、森の中の湖のほとりだった……。


■CITROEN XANTIA V-SX シトロエン・エグザンティアV-SX
購入価格 7万円(板金を含む2022年6月時点までの支払い総額は224万4526円)
導入時期 2021年6月
走行距離 16万5134km(購入時15万8970km)
文=上田純一郎(ENGINE編集部) 写真=上田純一郎/francuskie.pl/GOLDFEDER FAMILY ARCHIVE:BONJANCZYK

(ENGINE WEBオリジナル)

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ヤフオク7万円25年オチのシトロエンの長期リポート連載!

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