2024.03.04

CARS

「こいつは思わず乗り逃げしたくなる!」 クワトロポルテのスポーツGT Sは、どんなマセラティだったのか?【『エンジン』蔵出しシリーズ/マセラティ篇】

乗り逃げしたくなる、マセラティ・クワトロポルテ・スポーツGT S

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スポーツGT S登場

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クワトロポルテ・オートマティックは早速欲しいクルマ・リストに組み込まれたわけだけれど、早春2月にJAIA(日本自動車輸入組合)の試乗会で、上陸したばかりのGT Sに乗って唖然とした。正式な名称はクワトロポルテ・オートマティック・スポーツGT S。すでにカタログにラインナップされていたスポーツGTに毛が生えたぐらいかなという予想を呆気なく覆す、それはそれは素晴らしいクルマだったのだ。

仕立てはこうだ。ブルーヘッドの4244ccV8エンジンやそのクランクシャフト後端に直付けされる6段ATはそのまま。つまり、パワートレインはスタンダードのオートマティックに同じ。ただし、エンド・マフラーが専用のものに変更されて、より大らかに歌うようになっている。

身を引き締めたままじわじわとロールを許すGT Sの絶妙なセッティング。バウンド・ストロークが短い分、最終ロール角は少し小さい。


大きく違うのはサスペンションだ。バネ・レートは前後ともに引き上げられて、それにともなってライド・ハイトがフロントで10mm、リアで25mm下がっている。ダンパーも専用で、減衰力が大幅に引き上げられている。これは電子制御の減衰力可変式のものではなく、特性を固定したシングル・レートのものだ。脚を締め上げたうえでシューズも履き替えている。コンパウンドと内部構造はGT S専用にタイヤ・メーカーと共同開発したものという。サイズも変更され、前はスポーツGTと同じ245/35ZR20のままだが、駆動輪のそれは1セクション太くなって295/30ZR20になっている。

車輌重量は標準で2050kg。サンルーフを加えると2070kgに達するスポーツGT Sは、AT仕様だからトランス・アクスル方式ではないけれど、完全なフロント・ミドシップのレイアウトが十全に活かされて、静止状態でも後輪に51%の荷重が掛かっている。1輪当たり優に500kgを超える静的荷重がかかる。発進フル加速ともなれば、さらにグッと増えるのだから、295という幅をもって過剰ということには全然ならない、これはコスメ・チューンではない。専用シャシーは姿勢制御能力やトラクション性能の引き上げだけを果たしているわけではない。ブレーキも変更され、フロント側の容量アップが実現されている。しかもバネ下重量増がほとんどなしでだ。

フロント・バルクヘッドにもぐり込むようにして低く奥深く搭載されているブルーヘッドの4.2リッターV8。ウェットサンプといっても、サンプ形状は巧みで、浅い。エンジン搭載高はドライ式並み。

ブレンボ社と共同開発された新しいローターは、デュアル・キャスト・ディスクと呼ばれるもので、摺動部分には従来どおり鋳鉄を使うものの、それと一体鋳造されるハブ接合部はアルミ軽合金製となっている。これによって重量の削減と放熱効果の向上を果たす。アルミは鉄に比べて2割ほど軽いことが活きるわけだ。その削減分をローター径拡大に充てている。ほかのクワトロポルテに使われている全鋳鉄製ディスクの直径はφ330mm(17インチ相当)だが、スポーツGT S用のこれはφ360mm(18インチ相当)となっている。摺動部面積は大幅に増えていても、ローター単体重量はほぼ同じという。

もちろん、炭素繊維複合素材を使えばローターはずっと軽くできるが、製造コストは桁が違うほど高価になるし、扱いにも注意が必要となってくる場合が少なくない。ラグジュアリー・サルーンでもあるクワトロポルテのようなクルマの場合は、作動音の処理も難しくなる。そういう新たなネガを抱え込むことなく、大幅な容量アップを実現する新技術なのだ、これは。デュアル・キャスト・ディスクの採用に合わせて、キャリパーの容量も拡大されている。アルミ・モノブロック構造の固定式キャリパーは3組(φ30mm、φ34mm、φ36mm)の対向ピストン・セットを内蔵する6ポット式の強力なものだ。


走らせる前からノックアウト

スポーツGT Sはしかし、そうしたほとんど目に見えない部分の実力を体験する前に、ひとをその虜にしてしまう。

一段と低く構えるクワトロポルテをいっそう精悍に見せるべく織り込まれた、ブラック・メッシュのグリルやエグゾースト・パイプ、あるいはボディ同色のアウター・ドアハンドル、赤いアクセントラインが加わるCピラーのトライデント・エンブレム、さらにはダーク・クローム処理が施された20インチ・ロードホイールといった化粧は、優雅なクワトロポルテを少しばかりワル風に変身させてはいるが、ひとによっては過剰な演出と目に映るかもしれない。

オートマティック・スポーツGT S。

しかし、ひとたびそのドアを開けてなかに乗り込もうとすると、誰もがハッと息を呑むに違いない。アクセントに使う色は5色から選べるのだけれど、撮影に使った個体はトロフェオ・ブルーという鮮やかな青があしらわれている。この青がステアリングホールからドア・トリム、はては天井内張りにまで広範囲に使われている。それと鮮烈な対比をなすのが、ウッドの代わりに用いられている本物のCFRP(炭素繊維強化樹脂)だ。表皮素材と色の変更だけなのに別世界がそこに生まれている。オーバー・デコラティブに陥っていない造形がもとにあるからこそでもあるだろう。

しかも別物なのは見た目だけではない。マニュアル変速用のシフト・パドルの背面にまでアルカンタラは貼り込まれていて、これが触感、皮膚感覚をまるっきり違うものにしている。微妙に形状が変更されてサイドサポートが強くなっているシートに着き、操縦インターフェイスに触れた途端、それがただのクワトロポルテではないことが直感的に伝わる。


素晴らしい身のこなし

撮影場所を目指して高速道路を巡航しながらしみじみ感じ入ったのは、スポーツ・サスペンションが快適性をほとんどといっていいほど損なっていないことだった。



しかし、いよいよ輝きを放ったのは山深いワインディング・ロードを飛ばしはじめてからだった。ハードな仕様でありながら、ガチガチにロールを押さえ込むのではなく、身を引き締めたままにじわじわとロールを許しながら、次から次へとコーナーを飲み込んでいく。深くストロークさせても3mを超える軸間距離と1.6mもの左右輪間距離をもっているクワトロポルテは、ロールをロールと意識させない素地を携えているからこそできるセットアップなのだろう。麗しい。そして、速い。

ブレーキが従来型よりはるかに強力なのも心強い限りだ。ここまでっ、と思った先にまだマージンがある。ペダルからぬるっとした感触が消え、硬いタッチがどこまでも持続する。

7200rpmという高い回転数でのギア・チェンジすら許容するATをマニュアル・モードに切り替え、高回転域で歌わせ続けていると、あまりの気持ちよさにほうけてくる。

快感に浸りきった身体で乗り換えるとしかし、ふつうのクワトロポルテには身を溶かすような優しさがあって、これはこれで捨てがたいという思いを強くするから困ってしまう。

この2台、どっちも欲しい!

文=齋藤浩之(ENGINE編集部) 写真=小野一秋

■マセラティ・クワトロポルテ・スポーツGT S
駆動方式 フロント縦置きエンジン後輪駆動
全長×全幅×全高 5065×1895×1425mm
ホイールベース 3065mm
トレッド前/後 1580/1595mm
車輌重量 2070kg
エンジン形式 自然吸気水冷V型8気筒DOHC 32バルブ
総排気量 4244cc
最高出力 401ps/7100rpm
最大トルク 45.0kgm/4250rpm
変速機 6段AT(ZF 6HP26)
サスペンション形式前後 ダブルウィッシュボーン/コイル
ブレーキ前/後 通気冷却式ディスクブレーキ
タイヤ前 245/35R20
タイヤ後 295/30R20
車輌本体価格 1595.0万円

(ENGINE2008年6月号)

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