2024.02.14

CARS

安価で手に入れた引き取り手のないボロボロの911T、妊娠中の奥さんを隣に乗せて真冬にレッカーのお世話に!? それでも愛情を注ぎ続けたオーナーの素晴らしいカーライフとは?

ポルシェ911T(1970)とアルファ・ロメオ156(2000)に乗るオーナーの川本さん。

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雑誌『エンジン』の人気企画、「2台持つとクルマはもっと楽しい」。見事に色づいた銀杏の木々の前にたたずむ、ポルシェとアルファ・ロメオ。一見どちらもオリジナルの姿を維持しているように見えるが、実は共にかなりのマイレッジを刻んだ強者だ。夫婦それぞれが日々乗りながら、見事なコンディションを保っている秘訣はなんなのか。


正直ここまで長く乗るつもりじゃなかった

「とりあえず、なんでも自分でやることにしています。板金塗装と重整備以外なんでも、です。海外からの部品の手配もできる範囲の整備もなにからなにまで。でなければとても維持できませんから」



奥様と受験を控えたお嬢さんの3人家族という川本英樹さんは、暖かな日差しを受け、きらきら輝いている自分のナロー・ポルシェとアルファ・ロメオ156を前に、そういって笑みを見せた。手に入れてから911はもう25年。156も20年になる。それぞれ走ってきた距離は、約13万kmと20万kmだという。でも、どちらもそんな距離を走っているようにはまったく見えない。2台とも確かに使い込んではいるようだが、傷一つなく、姿勢がよく、音が澄んでいて、動きが小気味いい。

自宅の前には、学生時代に手に入れたというスズキのモーターサイクル、GN50が置いてあった。こちらも40年以上、ナンバーを切らさず維持している。「もともと分解したり、構造を知ることに興味があって。メカの基礎はこれで学びました」と川本さんはいうが、実は2輪よりもずっと前から、ポルシェ911には並々ならぬ思いがあったそうだ。

ステアリング・ホイールやドア内張の下側は傷んでしまい、取り急ぎやや径の小さな初期の914用や、Gモデルのものでそれぞれ代用している。これらのインテリアの修復や、リフレクターが錆びてしまっている左側のヘッドライト、断線してしまったリア・ウインドウの熱線なども順次手を入れていく予定だそうだ。オーディオも後のSC用をオークションで入手し、自ら分解、清掃して組み込んだ。

「小学生のころからとにかくあの形、あの顔とお尻が好きで。書店で雑誌を立ち読みしていました。その後のスーパーカー・ブームの頃、父の知人が小豆色のナロー・ポルシェを所有していて、ちょっと乗せてもらって。でも子供だからとゆっくり走ったんでしょうね。この時はもうポルシェといえば930ターボのすごく速いイメージが強かったから、あれ、こんなものかと思ったり(笑)」

社会人になっても、その思いはしっかりと受け継がれていた。川本さんは必死で頭金を貯め、喉から手が出るほど欲していた911を、目黒のミツワで長いローンを組んで、ついに手に入れる。964型のカレラ4。1989年モデルの、2年オチの認定中古車だった。このクルマが縁で仲良くなった同期の友人や後輩と、毎晩のようにクルマ談議をし、西へ東へと走り回ったという。

森の中、フラット6を響かせながら走る川本さんの1970年型ポルシェ911T。

しかし不運にも事故に遭い、カレラ4とはお別れに。続いて4代目ホンダ・プレリュードに乗ったりもしたが、どうしても911のことが忘れられなかった。希少な930ターボSが売りに出ているのを見つけるも、一瞬冷静になって保留したため買い逃したのも後押しとなった。こうして再び手にしたのが今のナロー・ポルシェ、70年型で2.2リッターフラット6を載せる911Tだ。

「でも正直、当時はここまで長く乗るつもりじゃなく、とにかくポルシェが欲しくて。これは当時フェンダーに凹みもありボロボロで引き取り手のない可哀想なクルマで、値引きもしてもらってかなり安価でした」

フェンダー下やペダルフロアも錆で穴が開きかけていたりしたが、偶然ミツワで下請けをしていたという板金のプロと道端で出会い、ボディは一度しっかりと仕上げた。しかし電装系に経年で接触不良があり、購入当初はよく立ち往生もした。結婚し、妊娠中だった奥様を隣に乗せていて、真冬に止まって積載車の世話になったことも。だからこそ、徹底して自分で手を入れてきた。




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