【前後篇の後篇/前篇からの続き】
全日本ジムカーナ選手権で24回という前人未到のシリーズ・チャンピオンの記録をつくり、いまなお更新し続けている山野哲也さん。チャンピオンの自宅を訪ねてみると、そこにはルーツをうかがい知ることができる素敵なガレージがあった。後篇ではそのこだわりのガレージの中をじっくりと見せていただき、「お気に入りの場所」を教えてもらった。
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前篇【世界王者・山野哲也の秘密のガレージ 原点は“車庫入れドリフト”だった】では現在のガレージづくりにも通じるレーシング・ドライバー、山野哲也のルーツ、もう一つの大事なガレージの話を聞いた。ショールームのようなガレージ
現在のガレージのいちばんのこだわりはもちろんこの広々としたスペースである。4台が止められて、なおかつドアが広く開けられること。ガレージの中央には構造上必要な壁があるが、駐車位置でドアが当たることがないように部分的に取り払われている。ドアの開閉スペースとしてももちろん有効だが、このおかげでガレージ全体が広々としたひとつの空間になっている。

山野邸のガレージが一見するとまるでショールームのように見えるのは光沢のある床による影響が大きい。工場などにも使われる液体を硬化させる工法の床だが、タイヤの跡もつかず、オイルの染みも簡単に拭き取れ、なによりも高級感があるのがいい。ミニ側の床も本来は同じだが、数年前に上に人工芝を敷いたそうだ。

さらに言うと、照明類にも山野さんならではの考えがある。
「日本でよくあるのは蛍光灯の照明ですよね。あれは魅せるというよりただ明るくしている感じで、しかも天井の真ん中にあることが多い。それって変だと思うんです。クルマの屋根を照らしてどうするのかと」
天井の壁際に設けられたダウンライトとクルマのショルダーラインの高さに合わせて付けられたサイドライトがクルマを美しく魅せているのは山野さんがクルマを大切にしているからに他ならない。たとえばガレージの外に目をやると、扉の前に2台分のクルマが優に停められる屋根付きのカーポートがある。これは雨の日は濡れたクルマを一時的に停めておく場所として考えられており、ガレージのなかには乾いてから入れるようにしているという。
また窓はすべて断熱防音効果の高いペアガラスで、なおかつリビングからリモートで開閉できるシャッターも備えている。家の外構部にも数々のセンサーやセキュリティ・システムを備え、防犯性にも配慮している。
山野さんのガレージに日本離れした雰囲気を持たせているのは天井引き上げ式の扉によるところも大きい。レムコ製のアメリカ風のものを取り付けたのはもちろんロス時代のガレージをイメージしてのことだそうだ。

一方、母屋の方はどうかというと、広々としたくつろげる空間になっているのはやはりロサンゼルス時代の影響があるように感じられた。リビングも中二階に設けられたギャラリー・スペースにも不思議なゆとりがある。細かいところまでこだわったという空間には、山野さんのなかにあるこれまでの経験が無意識に滲み出ているような気がする。

たとえば母屋に居るとガレージを意識することはほとんどない。クルマは大切だが、生活スペースとは意識的に切り離しているような気がしたので聞いてみると、こんな答えが返ってきた。
「寝室からもクルマが見えるような家もありますが、それはまったく考えにありませんでした。ガレージからすぐの場所にレーシングギアの一式を収納するウォークイン・クローゼットがありますが、そこがスイッチを切り替える場所になっているのかもしれませんね」

レーサー、山野哲也から素の山野哲也に戻るようなことだろうか。つい最近、富士スピードウェイで行われたスーパー耐久選手権の富士24時間レースではシビック・タイプRを駆ってクラス優勝を果たしたが、「レースではめちゃくちゃ冷静ですよ」という山野さんでも、24時間の耐久レースの負荷は相当なものであるに違いない。
お気に入りの場所はという問いに「ソファーに座って空が眺められる中二階」と答えた山野さん、もしかしたらこの家の落ち着きとゆとりは、スーパー・レーサー山野哲也の支えのひとつなのかもしれない。
前篇【世界王者・山野哲也の秘密のガレージ 原点は“車庫入れドリフト”だった】では現在のガレージづくりにも通じるレーシング・ドライバー、山野哲也のルーツ、もう一つの大事なガレージの話を聞いた。文=塩澤則浩 写真=阿部昌也
(ENGINE2025年8月号)