2026.03.06

LIFESTYLE

北斎、広重だけじゃない。 スティーブ・ジョブズも魅了した「新版画」の夕暮れ

川瀬 巴水《東京十二題 深川上の橋》大正9(1920)年 スミソニアン国立アジア美術館 National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O. Muller Collection 版元:渡邊木版美術画舗

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今は亡きスティーブ・ジョブズの仕事部屋と自室に飾られていた新版画。浮世絵で培われた版画技術と西洋的な感性のハイブリッドで明治から昭和期に花開いた。ノスタルジックでモダンなその世界を、黄昏の点景で切り取った「トワイライト、新版画―小林清親から川瀬巴水まで」が開催されている。

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▲小林 清親 《大川岸一之橋遠景》明治13(1880)年 スミソニアン国立アジア美術館 National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O. Muller Collection

毎年のように展覧会が開かれる葛飾北斎や歌川広重の人気ぶりを見るに、浮世絵が古の絵画ではなく、今に通じるポップアートとして認識されていると言っていい。2025年の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」の放送もこうした再評価とは無縁ではないだろう。

一方で明治末期から昭和期に隆盛を誇った新版画も静かな注目を集めている。西洋のジャポニズムの発見から江戸期に描かれた浮世絵は海外で買われていったが、良質な作品が次第に少なくなり、粗悪なコピーが出回るようになった。

危機感を覚えた画商・渡邊庄三郎が浮世絵の精緻な復刻版をつくりつつ、明治期にふさわしい“新しい感覚の浮世絵”を作ろうと思い立つ。

特筆すべきはあえて浮世絵の流れとは異なる洋画家や日本画家たちにも依頼したこと。木版画という古いパレットに新しい絵の具を絞り出すようなこの試みは、文明開化以降の日本を描き出すことに奏功する。西洋画由来の遠近法が浸透し、進化した彫りと摺りの技術はより深い奥行と繊細なディテール表現をもたらした。

小林清親、川瀬巴水、伊東深水、土屋光逸、橋口五葉といった画家たちの作品は、すでに世界中の目利きにとって垂涎の的になっている。あのスティーブ・ジョブズも早くからコレクターとなり、仕事部屋には鳥居言人(とりいことんど)の『朝寝髪』を飾り、1984年の初代Mac発表会で五葉の『髪梳ける女』を画面に映し出すほど傾倒していた。


▲井上 安治 《東京真画名所図解 鹿鳴館》明治16-明治22(1883-1889)年 スミソニアン国立アジア美術館 National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O. Muller Collection


▲井上 安治 《銀座商店夜景》明治15(1882)年 スミソニアン国立アジア美術館 National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O. Muller Collection

かつての浮世絵同様、新版画にも美人画や役者絵はあったものの、風景画も多く描かれた。それも江戸期のような名所ではなく、より日常的な街の姿が題材。当時としては単なる写実だったかもしれないが、震災や空襲、そして高度成長と激変を繰り返してきた日本、特に東京にとっては1世紀前の街並みを目にする貴重な記録でもある。

興味深いのは風景画の多くで夕暮れから宵闇が選ばれたこと。陽光降り注ぐ風光明媚の晴れやかさより、どこか一抹の寂しさは秘めた哀調が通底している。

これには先に挙げた西洋絵画の影響や印刷技術の発達以上に、遠ざかる「古きニッポン」への思いを表現するのにふさわしい光の時間だったからかも知れない。ちなみにジョブズが早すぎた晩年を過ごすことになる自室に飾られた巴水の『池上本門寺の塔』も夕景だった。


▲川瀬 巴水《東京十二題 木場の夕暮》大正9(1920)年 スミソニアン国立アジア美術館 National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O. Muller Collection 版元:渡邊木版美術画舗


▲小林 清親《高輪牛町朧月景》明治12(1879)年 スミソニアン国立アジア美術館 National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O. Muller Collection

「トワイライト、新版画―小林清親から川瀬巴水まで」では、そうした情緒あふれる世界観に浸れるアンソロジー的な展覧会だ。明治初めから筆を執り、パイオニアのひとりとされる小林清親を始めとする8人の画家たちの作品をフィーチャー。各々の感性で表現した淡い光線は、確かに新版画が秘めた情緒を浮かび上がらせる。

新版画をよく知らない人には入門編として、愛好者にとっては新しい気づきとなる好機といえるだろう。明暗さまざまな「逢魔が時」に描きだされたかつての東京で、失われた街に出逢うタイムトリップを楽しんでみたい。

文=酒向英充(KATANA)

「トワイライト、新版画―小林清親から川瀬巴水まで」
場所:三菱一号館美術館
東京都千代田区丸の内 2-6-2 
会期:2026年2月19日(木) 〜 2026年5月24日(日) 
10:00-18:00(祝日を除く金曜、第二水曜,会期最終週平日は~20時)※入館は閉館時間の30分前まで。
休館日: 祝日・振休を除く月曜日 ※開館記念日の4/6、トークフリーデー[3/30、4/27]、5/18は開館 
観覧料金:一般 2,300円 大学生1,300円、高校生 1,000円 中学生以下 無料
https://mimt.jp/ex_sp/shin-hanga

(ENGINE Webオリジナル)

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