レーシングカーのような姿
発表会に行きそびれたので、今回初めて目の当たりにした849テスタロッサは、レーシングカーをそのまま市販車に改造したような、見るからにアグレッシブな姿をしていた。デザインの発想源は1970年代のレーシングカー、具体的に言えば、フェラーリ512Sのようなスポーツ・プロトタイプ。新たに導入されたリアの左右に伸びたツインテールは、まさに512Sからの引用で、アセット・フィオラノ仕様では、それがツイン・ウイングに置き換えられる。真横から見た時のキャビンフォワードで、見るからにパワフルかつエアロダイナミクスに秀でていることを予感させる伸びやかなシルエットは、レーシングカーをそのまま美しく再構築したような印象だ。

一方、フロントマスクには、名前の元となったフェラーリ・テスタロッサをはじめとする、1980年代のスーパースポーツカーのテイストがある。左右のヘッドライトが黒いガーニッシュで繋げられたデザインは12チリンドリにも共通するものだが、フロントはスッと伸びていて、当時流行したリトラクタブル・ヘッドライトを埋め込んだスラントノーズを想起させる形状になっている。
その先端の左右にはフラップが付けられており、大きく空いた口と、その下に思い切り突き出した市販車とは思えないほど巨大な空力パーツが、アグレッシブな印象を強めている。これに比べたら、SF90はずっと大人しく、穏やかなデザインだったと、改めて思わされてしまう。

開発コードは、SF90が「F173」で849が「F173M」。「M」はイタリア語のモディフィカータ(英語のモディファイ)の略だから、基本的にはマイナーチェンジのはずなのに、名前も見た目も、方向性が異なるものになっているのだ。
そして乗ってみると、まさに名前と見た目通りの大きな違いがあったのだから、本当に驚いた。この日は、まず午前中に高速道路と山岳路を含む一般道をノーマル・モデルで試乗し、午後はよりレーシーに仕立てられたアセット・フィオラノ仕様でサーキットを走ったのだが、一般道を走り始めてすぐに、これは凄い、と唸らされることになったのである。
ヒリヒリするような感覚
そもそも、エアの通り道を作るために上部が抉られた形状になった巨大なドアの、その抉られた内側に手を入れてロックを外し、F80がそうであったように助手席とは帯状の構造物でハッキリと仕切られ、シフトゲートが手元近くに浮遊するように配置されたコクピットに身体を収めた時から、なにかヒリヒリするような感覚に襲われていた。

深呼吸してから覚悟を決めて、ステアリングホイール上の物理スイッチに戻されたスタート・ボタンを押す。しかし、ヒューンという電子音が聞こえてくるだけで、V8ユニットの爆音が背後から襲うことはない。右手のパドルを引いてギアを入れ、アクセルを踏んでいくと、無音のままスムーズに、ジャッロ・トリプロ・ストラート(3層の黄色を意味するイタリア語)のボディ・カラーを持つ849テスタロッサは走り出した。
ちなみに、この色はフェラーリの伝統的なイメージ・カラーのひとつだそうで、849のローンチ時に使われた新色のジャッロ・アンバー(琥珀色がかった黄色)とは別物だ。スペインの光にピッタリ合い、フロントの黒いラインとのコントラストも映えるという理由で、わざわざこの試乗会のために用意したらしい。

それはともかく、EVのまま、ということは前2つのモーターを使った前輪駆動で一般道を走り始めてすぐに、このクルマのあらゆる部分の剛性感が恐ろしく高いことに気づいた。アルミスペースフレームを使ったボディの剛性はもちろん、1050psのパワーを支えるために足回りもとことん鍛え込まれているようで、見た目通りの、まるでレーシングカーに乗っているような独特の硬質感がある。しかし、それでは乗り心地が悪いかというと、まったくそんなことはなく、むしろスーパースポーツカーとしては望外に快適なのに驚いた。それはやがて、アクセルを強く踏んでエンジンに火を入れ、速度を上げていっても変わらなかった。
今回、SF90XXストラダーレの開発で得た知見を元に新たにチューニングし直されたという足回りは、スプリングに高強度鋼材を使い重量を35%軽減しながら、磁性体を使ったアダプティブ・ダンパーの減衰を、サーキットと公道の双方についてバーチャルとリアルで解析して最適化したという。その結果、コーナリング時のロール率を10%低減させ、限界付近での挙動を大幅に改善することに成功したというのだが、それがこの驚異的な剛性感と硬質感を持ちながらも、いささかも快適性を損なわない乗り味に繋がっているのか。

剛性感と硬質感が増したのは、ボディと足だけではない。明らかにパワステの操舵力も重くなっているし、何よりもエンジンのパワー特性と音の激しさが、これは凄い、と思わず口にしてしまうくらいに増している。とりわけ大きく変わったのは3000回転あたりから上の中速域で、野太いサウンドを響かせながら、驚くべき速さでSF90と同じ乾燥重量1570kgのボディを押し出していく。
いま、押し出していく、と書いたけれど、その時に、前2つのモーターがどれだけ働いて、引っ張ってくれているのかは分からない。また、後ろ1つのモーターがどれだけ加勢しているのかも分かりようがなく、ただ言えるのは、エンジンのVバンクの外側にある10%径が大型化された2つのタービンが、いつ働きはじめたのか、そのラグがまるで感じられないくらいリニアに加速するということだけだ。電気モーターとエンジンの連携の精度は、SF90から格段に進化したと言っていいだろう。

速い。とにかく、今まで経験したことがないくらいに速い。それなのにクルマの動きがあまりにもスムーズで運転しやすく、速度感が希薄なことが、逆に私の中にヒリヒリした感覚を呼び起こす。走る、曲がる、止まる、の全てにおいて、あまりにも完璧で限界が高く、自分の等身大の能力を遥かに超えているために、何か底が見えない井戸を覗いているような気がしてしまうのだ。