初代ルノー・カングーと3代目フィアット500に乗る青木さん親子。
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お父さんの2つの作戦カングーは、実はそんな薫さんの作戦が成功して青木家に来ることになった1台だ。実はこれ、彼の勤める会社の営業車なのである。
「社長に相談して、日産ADバンから乗り換えたんです。特徴的な形と色で憶えてもらいやすいし、クルマ好きのお客さんだと話も盛り上がる。仕事で峠道もよく走りますが、基本ができているというか、人間でいうなら体幹がしっかりしている感じ。しっかり荷物を載せても、ちゃんと曲がるんです。このクルマはATですが、MTが欲しくなります」
いっぽう今の青木家のクルマはプジョー208だ。結婚後「奥さんが主に乗るから」と206をはじめ、小さなプジョーを乗り継いできた。長野県上田に住み、2人の娘に恵まれると、彼女たちがクルマ好きになれば、と車山高原や群馬・水上のフランス車やイタリア車のイベントに一緒に参加。少しずつ、だが着実に、クルマの楽しさを伝えていった。
残念ながらお姉さんのほうは奥様と同じくAT派らしいが、妹の百圭(ももか)さんは、見事に薫さんの“英才教育”が実った。年頃になった百圭さんへの「マニュアルの免許を取るならクルマを買ってあげるよ」という提案に、彼女はまったく迷わなかった。「AT限定免許にしたならクルマは買わなくていい。MTの免許を取ってくれれば僕も好きなクルマが買える。どっちに転んでもメリットしかない」と薫さんはこの2つめの作戦を振り返って笑う。
まず考えたのはちょっと古いプジョー。だが306は売り物が少なく、左ハンドルしかない106はハードルが高いと薫さんは考えた。百圭さんの好みはカクカクしたちょっとごつめのクルマで初代フィアット・パンダも候補だったそうだが、パワステがなくこれも断念。
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最初の愛車は大事だ。運転が嫌いになってしまっても困る。最終的に薫さんが百圭さんに選んだのは、0.9リットルのツインエアを載せた中古のフィアット500の、5段MT仕様だった。むろんこれは、自分の初めての愛車の、かつての500と2気筒エンジンを偲んでの選択でもある。だから彼女のクルマなのに「用もないのに乗っちゃう」らしい。
免許の取得自体は大変だったと振り返る百圭さんだが、3年が過ぎた今では、MTの500の運転はお手のもの。ときには軽井沢あたりへドライブもするそうだ。「小さくて後ろが狭いから友達に乗ってもらうのが悪くて」という彼女に「いや、みんなで小さいクルマにぎゅうぎゅうになって乗るのが楽しいよ」と薫さんが昔の500を思い出し、真顔で答えてみんなでまた笑う。
当初500は調子がいま一歩で、車内で話すことができないくらいの大きなハブ・ベアリングの音に驚いたり、クラッチの摩耗で立ち往生もしたそうだ。けれど薫さんのサポートと、主治医の工房のツボを押さえた整備のおかげもあり、百圭さんは全然めげない。500には満足しているが「クラシック・ミニにも乗ってみたかったんです」と前向きだ。工房ではランチア・イプシロンを奨められたり、シトロエン2CVに乗せてもらったりもした。国産車より少々壊れるのは理解した上で「それを超える魅力を感じるんです。自分の一部になるというか……」というから、いやはや将来有望である。
「クルマはずっとMTで乗りたいです」という百圭さんに、「さすがにもう買ってあげないよ」と薫さんは苦笑いする。でも「もし孫ができて、免許を取ったらMTのクルマ、買ってあげるかも」と彼は続けた。青木家流のクルマの運転の楽しみ方とMT車の操縦の極意は、次の世代へと受け継がれていく、かもしれない。
文=上田純一郎(ENGINE編集部) 写真=岡村智明
(ENGINE2024年12月号)
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