2020.07.04

CARS

「ポルシェをデザインする仕事」第10回/山下周一 (スタイル・ポルシェ・デザイナー) 独占手記

2017年3月のジュネーブ・モーターショウでワールド・プレミアとなったパナメーラ初のスポーツツーリスモ。10月のジャパン・プレミアでは、私も東京モーターショーの会場でプレゼンテーションを行う機会を与えて頂いた。ここに描いてあるのは 3つある顔のひとつ、スポーツデザイン・パッケージの顔。GTSにも同じ顔がつく。

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ヴェラム紙に手書きでスケッチを描く時代に変化が訪れたのは、1990年代のことだという。今では、まったく新しい〝三種の神器〞が、カー・デザイナーたちの必需品となっている。


第10回「カー・デザイナーの〝三種の神器〞(後篇)」


さて、前回に引き続きカー・デザイナーの使う道具についてである。前回も書いたが、ヴィンセント・ヴェラム紙(半透明のスケッチ用紙)、ヴェロール色鉛筆、ADマーカーが、かつての私の三種の神器であった。もちろん、これだけがあればいいということではなく、実際にレンダリ ングを仕上げるには他にもいろいろ必要である。パステルはもちろん、それを伸ばすベビー・パウダー、紙に擦り付けるためのコットン・パッド、マスキング・フィルム、ハイライトを入れるための白グアッシュ、ウィンザーニュートンNO7の筆、練り消ゴム等もなくてはならない道具だ。


私がアートセンターの学生だった頃は、今のようにデジタル化しておらず、基本的にすべて手書きの時代だった。小さなスケッチはもちろん、プレゼン用の大きなスケッチ、レンダリングもすべて手書きである。一番大きな50cm×100cmのヴェラム・パッドに直に描いていた。椅子に座って描くとパースペクティブが狂うし、全体が見渡せないので、みんな椅子から立ち上がって描いていた。


一度描き始めると大きな修正は出来ないので、注意深く鉛筆でスケッチを描き、大胆にマーカーを塗り込みパステルをのせていった。大きくスケッチを描くには手のストロークが非常に重要で、まるで筋トレの如く腕を肩から動かす練習や、いろいろな大きさの楕円を描く訓練をしたものだ。スケッチを始める前には必ず楕円を描く練習をすると言っていたインストラクターもいた。大きなスケッチを描く机は既成のものでは大きさが足りず、DIYショップで1m×2mの無地のドア(扉)を購入し、それを馬(脚)に載っけるのがアートセンター流だった。


卒業後、最初に働いたメルセデス・ベンツの日本スタジオにいた時も、道具という点ではあまり変わりはなく、基本手書きで、相変わらず鉛筆で描いたスケッチをパステルやマーカーでごしごし色を付けて仕上げていた。ひとつ進歩があったのは、デジタル・コピーのおかげで大きく下書きをする必要がなくなったことだろうか。小さなスケッチでも200%、300%と好きな大きさに拡大して、それを下敷きに当時の日本で手に入った一番大きなヴェラム紙にレンダリングを仕上げていた。ヴェラム紙は薄い紙で耐久性が低く、スタジオでのプレゼンの際は硬いカードボードに貼り付けて使用していた。


デジタル化の波


その後、1990年代後半に移ったドイツのスタジオでも手書きが主流だったが、徐々にデジタル化の波が訪れていたのは確かだ。まだ一人に1台とはいかないがPCがスタジオに登場し、希望すればそれで作業もできるようになった。その頃主流のソフト、ハードといえば今はなきシリコングラフィックス社のハードに載った専用のソフト、エリアス・スケッチ、もしくは日本の島精機によるシステムくらいしか選択肢がなく、まだまだ一般の自動車デザイナーにはハードルの高い道具だった。


3Dソフトが自動車のデザインに使われ出したのは90年あたりだと思う。ちょうどアートセンターでエリアス・スケッチを使った授業が始まり、新しいモノ好きな私はそのクラスを取った。


まだまだソフト自体も開発されたばかりで、ユーザー・インターフェイスは今のようにアイコンもなく、コマンドをマウスで選んでいかなくてはいけなかった。それでもそのクラスは楽しく、プロダクトの授業でデザインしたものを、そのころはまだ珍しかったCGにしたりして、そのソフトに親しんだ。そのおかげといっては何だが、日本でインターンシップの機会をいただいたり、スイスのアートセンター分校に行ってからもエリアス・クラスのサポートを請け負ったりすることができた。残念ながら今ではすっかり忘れてしまったが。


サーブに移った2001年頃になると、デジタル化の波はどんどん勢いを増してきた。デザイナーもPCを駆使してデザインする人とそうでない人に分かれるようになった。PCをドローイングの道具としてのみ使う人、3Dを駆使してデザインまでする人、あくまで手書きにこだわる人(私のことです)。使う道具によってデザインの良し悪しが左右されるわけではないが、個性が反映さ れて大変面白い時代だった。サーブのデザイナーの中には、PCの画面の中でマウスだけでドローイングを完成させてしまう強者もいた。


ポルシェに入ってからもしばらくは手書きにこだわっていた私であるが、段々とそうもいかなくなってきた。まず、大きな紙が見当たらない。もちろん、どうしても必要だと無理を言えば注文することもできたのだが、そもそも机がそんなに大きくないから、あまり使い勝手が良くない。


さらに、どうしても机や手が汚れてしまう。パステルを使っていると、その粒子が飛び散って、 机の上を指でつぅーとなでると真っ黒になってしまう。シャツも知らないうちに真っ黒。定着材の噴射も問題である。臭いので外で使用しなくてはならないのだが、外まで行くのは遠いし、めんどくさい。おまけに外にドローイングを持っていくと風で飛んで行ってしまうこともある。


手書きを止めた最大の理由はプレゼンテーションの方法が変わったことであろう。以前は描いたもの、プリントアウトしたものを壁に貼り付けてプレゼンをしていたものだが、今では大画面に投影してのプレゼンが増え、描いたものをスキャンで取り込まなくてはいけなくなった。それなら最初からPCで書いてしまった方が楽チンである。


紙に表現するのが難しいこのような描写も、PCを使えば比較的簡単に描けてしまう。特に車体に映りこんだ白(ライトボックス)の表現などは、PCならではの表現方法といえるかも。どちらも手描きのスケッチをスキャンで取り込み、PC上で色を載せている。


現代版〝三種の神器〞は?


というわけで、石頭で時代遅れの私も、新しい道具に挑戦することになった。以前からスキャンで取り込んだ絵のコントラストを上げたり、少し色を追加したりする作業はPC上でやっていたのだが、PCで初めから描いたことはなかった。初めて使ったのはワコム社のタブレット。モニターを見ながらスタイラス・ペンでスケッチを描いていく。これに慣れるのには時間がかかった。見ているのは画面で、動かす手元は見えないのだ。まるで足元の見えない平均台の上を歩いているようなものではないか。とにかく時間をかけて慣れるしかなかった。


そして実際に慣れてしまうと、いろいろといいこともあった。何といっても、UNDO(取り消し)ができる。つまり失敗しない。色も変え放題。何なら絵自体も変形可能。色や形のバリエーションも自由自在。いいことばかりである。最近のタブレットは直接スクリーンに実際の絵と同じように描けるので、以前のような訓練も必要としなくなった。ただコマンドを覚えればいい。プリントアウトしたい場合も大きさは自由自在。大きなプロッターもスタジオにあるので、その気になれば原寸大でプリントアウトも可能である。全くテクノロジー様々である。


最近の若いデザイナーの多くは、いきなりPCでスケッチを始めたりするが、私は今でも紙に下書きし、それをスキャンして絵を描く作業を続けている。まだ自分の手で直接描くラインよりPC内のソフトで描くラインがいいと思えない。でもそれも時間の問題であろう。そうやって私のような時代遅れのデザイナーは、どんどんさらに時代に取り残されていくのだろう。


一度インターンシップの学生が私の側にあった楕円定規を指差し、「シュウイチ、これはなんだ?」と聞くので、「楕円定規といって、これを使うとタイヤとか簡単に描けるよ」と説明すると、「じゃあ一度貸してくれよ」と言われて貸してあげたら、ものの5分もしないうちに、「使い方がわからないので返すよ」と言ってきたのには、正直、時代も変わったなあと思った。


現代版自動車デザイナー三種の神器は、PC、タブレット(ペン型入力機)、フォトショップ(絵の描けるソフトウェア)といったところか。


文とスケッチ=山下周一(ポルシェA.G.デザイナー)
(ENGINE2019年5月号)


山下周一(やました・しゅういち)/1961年3月1日、東京生れ。米ロサンジェルスのアートセンター・カレッジ・オブ・デザインで、トランスポーテーション・デザインを専攻し、スイス校にて卒業。メルセデス・ベンツ、サーブのデザイン・センターを経て、2006年よりポルシェA.G.のスタイル・ポルシェに在籍。エクステリア・デザインを担当する。

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