トヨタ・スターレットのワンメイク・レースをはじめ、様々なレースで活躍し、プロのレーシング・ドライバーを目指したという西本 学さん。現在は“癒し系”ブランドの代表を務めるが、クルマへの情熱は変わらない。
製油所、火力発電所、巨大な工場や倉庫が湾をぐるりと囲む横浜の根岸湾。海を背に急坂をぐんぐん上っていくと、海沿いの殺風景な雰囲気とは正反対な落ち着きのある住宅街になる。電柱がないので気持ちがいい。低層の瀟洒なマンションのエントランスに白いBMW640i Mスポーツと黒のスバル・レヴォーグ2.0STIを並べた。
2台のオーナーは西本 学さん。スラリとした身体にブラックのシャツとブラウンのパンツがとてもよく似合う。撮影時に袖を通したジャケットはもちろん、メガネ、靴までコーディネートが素敵で、語り口はあくまで穏やか。ジェントルマン登場! というのが第一印象だ。
子供の頃にスーパーカー・ブームの波にのまれ、クルマにものすごく魅了されたという。
「父がクルマ好きで“空飛ぶレンガ”と呼ばれていたボルボ240のセダンに乗っていたのも影響が大きいと思います。まあ、旅先でよく動かなくなりましたけど(笑)。父には晴海のモーターショーにも連れて行ってもらいました」
18歳になるのを待っていたかのように免許を取ると、三菱ミラージュ1600ターボを購入、ジムカーナやダートラを楽しむようになる。翌年、トヨタ・スターレット(KP61)に乗り換えると、ワンメイク・レースに参戦。
「チーム・トムスに入り、そこそこの成績を収めました。20歳でスターレット(EP71)でグループAのレースに出ました。ここでも速くて、ちょうど中嶋 悟さんがF1のテスト・ドライバーを務めるようになった頃で、自分も頑張ればレーシング・ドライバーとしてやっていけるんじゃないかと思ったんです」
西本青年の夢はある男によって打ち砕かれる。
「フォーミュラをやりたかったので、FJ1600に参戦しました。シーズン前の練習走行のときに、とんでもなく速いやつがいたんです。一緒にスタートして私が最終コーナーを立ち上がるときには、もう次の周回の1コーナーに入ってるみたいな。彼を見て、あんなのがいたら無理だと思いました(笑)」
彼とは1983年にFJ1600筑波シリーズでデビューを果たし、数年後にはF1パイロットになる片山右京だった。
レース活動から身を引きながらも、VWゴルフGTI(ゴルフⅡ)、BMW318i(E21)、同320i(E30)、メルセデス・ベンツ190E 2.5-16Vと走りを楽しめるクルマを乗り継いだ。
「1年ごとに乗り換えていました。190E 2.5-16Vは素晴らしかった。コーナリングの安定性、そしてコスワース・チューンのエンジンによる立ち上がり加速には舌を巻きました。あそこまでパーフェクトなクルマは出会ったことがないです」
5段MTを駆使してコスワース・チューンの2.5リッター直4のパワーを楽しんでいた西本さんだが1992年、28歳で欧州へ渡る。
「海外で仕事をしたいと思っていたんです。思い切らなければ何も始まらないと考え、旅立ちました」
西本さんはファッションのハイエンド・ブランドに現地採用され、6年間海外勤務をした。
「帰国してからは325i(E36)、325i(E46)、330i(E90)とBMW3シリーズを3台乗り継ぎました。子供も出来て家族が増えましたから、ずっとセダンです」
2台持ちになったのは2009年、大型犬を飼うことになり、BMW330iに加えてアウディA6オールロードクワトロを購入した。
「4.2リッターV8のNA。自然吸気はあれで最後というのも理由です。オールロードクワトロを増やしてからは、ずっと2台持ちです。1台はたくさん乗れたり、積めたりするものにしています」
西本さんはいくつかの企業で手腕を振るった後、2013年からシュタイフ日本総代理店の代表を務めている。シュタイフは世界で最初にぬいぐるみを作ったドイツの会社で、テディベアもシュタイフで生まれた。
日本総代理店の社長になった翌年、西本さんはサーキットに戻ってくる。レーシング・ドライバーではなく、スーパーGTを戦うBMWチームスタディのメインスポンサーとなったのだ。
「サーキットで戦うM6 GT3に一目ぼれして購入したのが、現在の640i Mスポーツです」
西本さんは6シリーズに忘れがたき思い出があり、それも購入の大きな理由だった。
「レースに出ていたとき、2輪のスター、平 忠彦さんをお見かけしたんです。平さんがBMW6シリーズ(E24)から降りてきて。その姿がクルマとマッチしていて、とてもカッコよかった。鳥肌が立つほどでした」
スーパーGTを戦うマシンを見たとき、以前“世界で最も美しいクーペ”と呼ばれていたE24型6シリーズのフォルムを思い出したという。
「買った日に、嬉しくて首都高速をぐるぐる何周もしたんです。タキシードでもジーンズでも似合うのがいいですね」
もう1台、黒のスバル・レヴォーグ2.0STIもきっかけはサーキットだった。
「スーパーGTでSTIが速いんですよ(笑)。レヴォーグ2.0STIは2リッター水平対向4気筒ターボで30ps、車重が1570kgしかないから面白いんじゃないかと思った。ディーラーで試乗したら、予想した通りでした。前後重量配分が45:55だからか運動性能が高い。FRみたいな動きが好きです。仕事が癒し系なので、走りの楽しいクルマでバランスを取っているのかもしれません」
片道50kmの通勤はこのレヴォーグに乗っている。
「クルマって自分を表現するものだと思います。この人はなんでこのクルマを選んだんだろう? 選ぶクルマによってその人が見えてくる。クルマ選びによっては、本当の自分ではない姿を見せてしまうこともあるけれど、そのクルマに似合う自分になることもできる。そこが面白い」
60歳になったらポルシェ911に乗ってもいいかなあ? と西本さんは思っている。60歳になれば911が似合う男になっているんじゃないかと謙遜するが、もう充分お似合いだし、操る腕も確かなことは容易に想像がつく。本人が忘れられないというE24型6シリーズもいいかもしれない。お洒落な西本さんなら抜群に似合うはずだ。
サーキットはもう走らないのですか? と聞くと、
「86のレースに出てみようかなあ? と家内に言ったら“それをやったら離婚ね”と(笑)」
奥さんを立てるのも紳士のたしなみですね。
文=荒井寿彦(ENGINE編集部) 写真=茂呂幸正
(2021年2・3月合併号)
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