ロック史においてブルースのカヴァーは数えきれないほどあるが、アルバム丸ごととなると意外に少ない。比較的容易に自分流アレンジを施せるポップやオールドロックのカヴァーと違い、ブルースとなると演奏する側の深い理解と表現力が絶対的に必要で、しかしそのわりに商品需要が高いわけでもない故、レコード会社が二の足を踏むことも多いのだろう。が、それでもやらずにいられず、そして見事に傑作を生みだした例もある。ザ・ローリング・ストーンズは4年半前、キャリア54年目にして初の全編カヴァー作品『ブルー&ロンサム』を発表。リトル・ウォルターら多大な影響を受けたブルースマンの曲を取り上げることで、ミック・ジャガーのヴォーカルもいつにも増して生々しく衝動的になっていたものだ。その10年以上前にはエアロスミスの『ホンキン・オン・ボーボゥ』もあった。すっかりポップなイメージのついていた彼らが、ブルースのカヴァーで原点回帰を図った強力な作品だった。
ザ・ブラック・キーズの新作『デルタ・クリーム』もまた、自分たちのルーツであるブルースに敬意を表した作品であることは間違いない。ただし彼らは広く知られたブルースマンの曲を取り上げるのではなく、ミシシッピ・ヒル・カントリー・ブルースだけを取り上げている。ミシシッピ・ヒル・カントリー・ブルースとは、USミシシッピ州北部の丘陵地帯であるヒル・カントリーに出現したブルースのことで、コード・チェンジがほとんどなされず、それによって呪術的な催眠効果を生むようなグルーヴが常に醸し出されているディープな音楽。とりわけ重要なのが今は亡きR.L.バーンサイドとジュニア・キンブロウというブルースマンで、『デルタ・クリーム』でカヴァーしているのも大半がこのふたりの曲なのだが、ザ・ブラック・キーズはインディーズ時代の3作でもこのふたりの曲をカヴァーしていて、つまり文字通りこれは彼らの原点回帰作となるわけだ。今作は約10時間で録音して仕上げたというスタジオライブ作。凝ったアレンジで音を重ね、洗練された大人の余裕あるロック盤でグラミー賞も獲得するなどしてきたデュオだが、その反動からか、いまこのタイミングで初期衝動を呼び起こし、もっと大人げなく、猥雑さもある原初的なブルース・ロックを鳴らしたくなったのだろう、きっと。故に本能的で、生々しく、魔術的なグルーヴがクセになるアルバム。最高だ。
(ENGINE2021年7月号)
無料メールマガジン会員に登録すると、
続きをお読みいただけます。
無料のメールマガジン会員に登録すると、
すべての記事が制限なく閲覧でき、記事の保存機能などがご利用いただけます。
いますぐ登録
会員の方はこちら