2022.07.16

LIFESTYLE

【新刊書評】新作『晩秋行』を発表した作家、大沢在昌さんが、66歳のいま描く新境地

新作『晩秋行』を発表した大沢在昌さん。

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雑誌『エンジン』がリコメンドする新刊本。フェラーリ250GTカリフォルニア・スパイダーが登場する小説を、大沢在昌さんが発表したというのでお話を聞いてきた。1979年のデビュー以来、優に100を超えるハードボイルド小説を書き続けてきた大沢さんが、66歳のいま描く新境地とは。

情けないけど共感できる

フェラーリの250GTカリフォルニア・スパイダーが登場する小説を読んだ。執筆したのは大沢在昌さんだ。大沢さんといえば、1979年のデビュー作『感傷の街角』、そして代名詞とも言える『新宿鮫』以来、ずっとハードボイルド小説を書き続けている巨匠である。そんな大沢さんに、クルマを得意とする『エンジン』ならと、インタビューできるチャンスが舞い込んできた。こんな機会は望んでも叶えられるものではない。ふたつ返事でオーケーした。

1991(平成3)年『新宿鮫』で吉川英治文学新人賞と日本推理作家協会賞を受賞。1994年『無間人形 新宿鮫4』で直木賞を受賞する。2004年『パンドラ・アイランド』で柴田錬三郎賞受賞。2010年、これまでの業績に対し、日本ミステリー文学大賞が授与される。2012年『絆回廊 新宿鮫10』にて4度目の日本冒険小説協会大賞を受賞。2014年『海と月の迷路』で吉川英治文学賞受賞。『冬芽の人』『ライアー』『冬の狩人』『悪魔には悪魔を』『熱風団地』など著書多数。

新刊のタイトルは『晩秋行』。バブルが弾け、巨額の負債を背負った地上げ屋の男が、所有していたクラシックカーの250GTカリフォルニア・スパイダーとある女と共に姿を消した。30年後、それらしきフェラーリが目撃されたところからストーリーが始まる。

「バブルの頃のことを書こうと思ったとき、男と一緒に消えた名車は何がいいかを考えた。集めた資料のなかに250GTカリフォルニア・スパイダーがあって、最近20億円くらいの値がついたとあった。これで書けるなと思った」

大沢さんは、あまり取材をしないという。必要最低限の資料しか使わず、そこから物語に繋がる何かを見つけ出す。しかし今回は、作中に登場するカリフォルニア・スパイダーは脇役だ。『晩秋行』に描かれているのは、カッコいいスポーツカーではなく、60歳を過ぎて、残りの人生をなんとかつつがなく生きようとしながら過去の未練を断ち切れずにもがく男の姿である。

その主人公、円堂の元に届いたカリフォルニア・スパイダーの目撃情報。地上げ屋の元上司と一緒に失踪したのは円堂の最愛の恋人だった。カリフォルニア・スパイダーを追えば追うほど、かつて愛した女への想いがつのる。その恋々たるありさまは、読み手の年齢が著者の大沢さんに近いほどこころに響く。

「ハードボイルドとして読んだらかなり切ないし情けない小説ですよ。そういう小説をひとつは書いてもいいかなと思えるような年齢になったということかな」

昔なら知られたくないウエットな内面を「隠さなくてもいい年齢」になったと大沢さんはいう。『新宿鮫』のように銃も出てこなければ派手な事件も起こらない。大沢さんは情けないハードボイルドというが、そういう大きな振れ幅が許容できるのもハードボイルド小説のいいところだろう。なんの前触れもなく突然姿を消した元カノの秘密とその後の人生に涙する主人公は、カッコよくはないが、共感できるオヤジ世代は多いはずだ。『晩秋行』には、ハラハラするようなカーチェイスはないけれど、ひとつ言えるのは、カリフォルニア・スパイダーは脇役ではあるが、名脇役だということだ。フェラーリの傑作中の傑作と言われるカリフォルニア・スパイダーが乗りこなせるならば、その女ひとは素敵な人に違いない。走らずともそう思わせる大沢さんの筆力には思わず唸るしかない。

文=塩澤則浩(ENGINE編集部) 写真=山下亮一

新作『晩秋行』(双葉社刊)の表紙には、ショートホイールベースのカリフォルニア・スパイダーの写真が使われている。聞くところによると、あるエンスージアストが海外のコンクールデレガンスで撮影したものだそうだが、折り返しに隠されたフロントノーズは、本書を購入してからのお楽しみだ。

(ENGINE2022年8月号)

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