2024.01.27

CARS

24歳で1台目を買ってから34年、気がつけばトヨタ・スポーツ800を9台乗り継ぐオーナーの、冷めやらぬヨタハチ愛とは

ヨタハチとエスハチが並ぶガレージとオーナーの渡辺さん。

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最大で4台を同時所有

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「自動車雑誌を見て、全国各地にあるヨタハチの売り物を探し、茨城のお店にあった前期型の赤を買いました。ヨタハチの良し悪しがよく分からないまま購入したこともあって、これが大失敗でした。3~4年ぐらい直し続けましたが、結局ちゃんと走りませんでしたね」

1台目のヨタハチがダメな個体だと確信した渡辺さんは個人売買で2台目となる赤い後期型で昭和44年型を26歳のときに購入し、その後、3台目のヨタハチとなるシルバーの後期型を手に入れる。この3台目は各部をしっかり仕上げたので、かつて自動車専門誌の表紙になったことがあるそうだ。4台目は赤の前期型を450万円で購入。5台目は現在も所有している赤い昭和41年型で、6台目は直しても走らなかった白の前期型。7台目は九州から持ってきたシルバーの個体で、これは白にオールペイントしたそうだ。8台目は緑で、9台目はどうしても欲しかった前期型で昭和42年型のシルバー。以上が9台におよぶ渡辺さんのヨタハチ歴だ。



「昭和42年車(渡辺さんは年式のことをこう呼ぶ)はトランスミッションがフル・シンクロなんですよ。念願だったヨタハチを入手することができたので、自動車専門誌の表紙になった3台目と九州から持ってきて全塗装した7台目の白、そして8台目の緑のヨタハチをフル・レストア代の足しとして業者に出しました」こうして7年前に3台のヨタハチを献上し、オリジナル・パーツをふんだんに使って9台目を仕上げた。ところが、フル・レストアが終了してから4年目に追突されてしまう。そのときから3年以上経ったいまでも渡辺さんのもとに戻ってきていない。



「保険の評価額が不当に低いものだったので、かなり揉めました。追突されたヨタハチは本当に貴重な個体で、まだ手つかずの状態で保管されていますが、金銭面の問題がようやく解決したので、そのうち修復作業がスタートするでしょう」

撮影の合い間に往時の様子が分かるアルバムを拝見したら、今回お邪魔したガレージ内に3台のヨタハチが収納されている写真があった。追突されてしまった話で少し曇った表情となっていた渡辺さんに伺ってみたら、一度に4台のヨタハチを所有していたこともあるそうだ。




走って楽しいエスハチ

国産旧車に関してはヨタハチ一択で推移してきた渡辺さんのカーライフは、過去に3回ほどトヨタ2000GTと浮気しそうになったことがあり、その頃はまだ2000GTも安かったのでヨタハチを下取りに出せば、なんと追い金500万円でゲット可能だったという。また、ハコスカ(3代目日産スカイライン)のことも好きだったが、追突されたことで空席となった赤いヨタハチの真横スペースと心の中に開いてしまった穴を埋めるために購入したのはエスハチの愛称で知られるホンダS800だった。

エスハチも赤いヨタハチと同じ昭和41年型だ。ボディとステアリング・ホイールはプロが手直ししているが、内張りとFRPを駆使したボディ下まわりのリペアは自らの手で行った。ヘッドライトはLED式だが純正も持っており、ゆくゆくはオリジナルに戻すとのこと。


「4年前に買ったこの白いエスハチはホンダS800をたくさん所有しているオーナーさんから譲ってもらったクルマです。彼も愛車をおこすための軍資金が必要となり、コレクションを手放したというわけです。ヨタハチはボディのデザインが好きで排気音も独特なのですが、乗るとオモシロイのはエスハチですね」渡辺さんは愛車イジりも愉しんでおり、ビルトイン・ガレージのある家を設け、そこに住みながら、ゆっくり愛車をメンテナンスするのが今後の夢なのだという。

「ガレージの横にある自宅は私が4歳のときに建てられたものです。このガレージは納屋の延長線上にあるような建物なので、自宅と一緒に建て替えて、ファクトリーっぽいビルトイン・ガレージにしたいですね」

そう笑顔で話してくれた渡辺さん。ヨタハチを軸にして続くセカンド・ライフはますます濃密なものになっていくだろう。

文=高桑秀典 写真=前田惠介

(ENGINE2023年2・3月号)

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