2024.01.16

CARS

997後期型、しかも6MT! 中古車があったら大人気 ベースモデルの911カレラは、どんなポルシェだったのか?【『エンジン』蔵出しシリーズ/911誕生60周年記念篇#13】

997後期型911カレラはどんなポルシェだったのか? 中古車バイヤーズガイドにもなるENGINEアーカイブス

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6MT、1162万円

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借り出したカレラは、911シリーズのベース・グレードで、6段マニュアル仕様、ノー・オプションの価格は1162万円である。テスト車はフロント・レザーシート(6.1万円)、シート・ヒーター(7.4万円)、スポーツクロノ・パッケージ(19.4万円)、スポーツ・シート(8.1万円)、リミテッド・スリップ・ディファレンシャル=LSD(20万円)、19インチ・ホイール(33万円)、小径レザー・ステアリング(3.8万円)などおよそ130万円分のオプションを組み込んで、1298万円になっていた。

いうまでもなくリア・アクスルよりさらに後ろにオーバーハングして搭載され、後2輪のみを駆動する水平対向の3.6リッター・4バルブは、最高出力345ps/6500rpm、最大トルク390Nm(39.8kgm)/4400rpmで、その値は2009年型と変わらない。付記すると、2005年モデルからの「997型」911は、フェイス・リフトを受けた2009年モデルからパワー・トレインを一新した「後期型」になっている。

プロファイルの美しさでは、いちばんスリムな3.6リッター・カレラがシリーズ中ベスト!

新設計の水冷ブロックから新たに3614ccと前期型の3596ccよりわずかに排気量を拡大したエンジンは、効率アップのために直噴化されて前期型より出力を20ps、トルクを20Nm増強したが、いっぽうで1km当たりのCO2排出量を266gから230gへと大幅に削減した。地球温暖化時代のスポーツ・エンジンとして、倫理的に正しい方向へと「改善」されたわけだ。


スポーツクロノ・パッケージ

テスト車に装着されていたスポーツクロノ・パッケージはなかなか優秀なギミックで、センター・コンソールの「スポーツ」スイッチを押すと、制御マップが変わってスロットル・バルブ開度が拡がり、レスポンスが速くなる。それはトルクの分厚い4000から5000ぐらいのミドル・レインジの回転域でとくに顕著で、ほとんど無意識的なわずかな右足の操作にも敏感に追加トルクを供給して、ドライバーの意志の半歩先を行くかのような胸のすく加速をもたらす。加速の質が線的というより面的な厚みと強さを感じさせるのが、むかしの空冷ユニットとちがってフラットなトルク特性を持つ新世代フラット・シックスならではだ。

中速コーナーを3速で攻略する。ここからの脱出加速の鋭さがリア・エンジン911の身上だ。

この911には電子制御式ダンピング装置(PASM=ポルシェ・アクティブ・サスペンション・マネジメント)が付いていなかったので、やや路面が荒れているところを常識的な速度で走ると、ゴツゴツ感を免れない乗り心地だった。ただし、ゴツゴツするといっても、切っ先するどい突き上げ感があるわけではない。比類なく堅固なボディ/シャシーが、バネ下で処理しきれなかった鋭利なはずのショックを減衰するからだ。

とはいえ、道が荒れていても、強い加減速Gと横Gがかかる伊豆・箱根のワインディング・ロードでは、乗り心地はしなやかに変わる。シャシー・チューニングがスポーツカーらしいドライビングに最適化されていることを、そんなときに知る。そして、さすがはポルシェだ、とデキのいいクルマに乗っていることを実感してうれしくなるのだ。

絶対のスポーツカー


このクルマは、なにか絶対的なものに帰依しているのではないだろうか、という思いがフト脳裏をかすめたのは、西伊豆のツイスティな山岳路を、独り占めして飛ばしているときだった。それぐらい911は、ドライバーの操作に、さながら使命感みなぎる篤き信仰者のように忠実にこたえた。いや、911なる運動機械体系が命じる操作を、命じられたように忠実におこなうドライバーにたいして、というべきか。

2350mmしかないホイールベースに載るのは、4435×1810×1310mmのコンパクトなボディだ。

僕は、そういうドライバーに、そのときなっていた。次々と果てしなく現れては消えるひとつひとつ様相の異なるコーナーに入って行こうとするたび、ジワリと荷重を前に移し、同時にジワリと出来るだけ小さな舵角にとどめるようにステアリングを操作して。静止状態では、1460kgの車重のわずか38%しかフロントに載っておらず、代わりにリアには62%の重みがかかっているのだ。ステアリングを切る前に、クルマの進行方向を決める前輪タイヤに十分に重みをかけなければ、911はドライバーの意志にしたがわない。しかし、911を理解して、フロント・タイヤに適切な接地荷重を載せることに成功すれば、そこから先は、精密なメカニズムの高級機械式時計が正確無比に時を刻む以外の術を知らないように、ステアリングとスロットル・ワークに忠実に連係して、正確無比なフットワークを見せる。運動原理がそこで展開される。

コーナーを脱出する911は、コーナーの懐のなかでは自制して使わずに溜めこんだエネルギーのすべてを、後輪にいっさいがっさい集めて、前へ進む駆動力に余すところなく転化する。その雄々しい速さ、逞しい力は、僕のどこか深いところを揺さぶって魅了する。いや、魅了しつくす。帰依しているのは僕の方だった、なにか絶対的なものは911だった、と僕は知る。

フェラーリが華麗に視界から消えたあと、僕と911カレラは、それまでとおなじように、深刻そうでいくぶん野蛮なサウンドに沈むようにして淡々と走った。

僕は、この1台さえあればいい、とつぶやいた。

■総括 SUMMARY

とてもいい】
・実用性を捨てないというコンセプト

1963年に生産がはじまってから、ほとんどカタチも変えずにこんにちまでサバイブできたのは、狭いとはいえ、後部に2座席を持つ実用的なパッケージを貫いてきたからだ。「つまらぬ生活」を生き抜くスポーツカーは、911以外存在しない。

・今更指摘するまでもない鋭い回頭性
フロントに重量物のないリア・エンジン、リア・ドライブの成り立ちゆえに、回頭性の鋭さはいまだに第一級。911の場合、たんにノーズが軽いだけでなく、その代償としてお尻が重いことは事実だが、それゆえに、パワーの数値が示す以上にトラクションがよく、よりパワフルなエンジンを搭載するスーパーカー級の車に匹敵する運動・動力性能を持つ。


・サーキットを走ってもヘコたれないブレーキ
フロントの軽さはシステム上有利だ。制動時に荷重が前に移行したとき前輪は受け止めた荷重をすべて制動に使うことができるから。このブレーキはたんにタフなだけではない。踏力の強弱によって微妙に制動力を調整する。つまり繊細でもある。頼もしくてデリケートなブレーキである。


・コンパクトなボディパッケージ
空冷時代に較べれば911も膨張した感がある。とはいえ、高性能スポーツカーとしてはもっともコンパクトな外寸で、しかもスポーツ・ドライビング時には、ギュッとボディがひとまわり小さく、軽くなったような凝集感がある


・軽い重量
たとえば2シーター、アルミ・ボディのアストンマーティンV8ヴァンティッジが1630kgもあるのにたいして、911カレラは4シーター、スティール・ボディで1460kgしかない。それゆえアストンはたった345psの911カレラに対抗するのに426psのV8を必要とするのだ。911はモータースポーツでも、軽さを武器に大パワー車を打ち破ってきた。


【いいとは言えない】
事務的すぎるインテリアやいささか味気の薄い排気音などは、素っけなさすぎるといえるが、しかし、そういう飾り気のなさが911という実用スポーツカーのいいところでもある、というところを理解しておきたい。

文=鈴木正文(ENGINE編集部)

(ENGINE2010年7月号)

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