絶妙のさじ加減のチューニングさて、国際試乗会では、どのメーカーでもジャーナリストが二人ずつペアを組んで乗り、途中で運転を交代するのが通常のスタイルだ。しかし、コロナ禍の中では一人で乗ることも多かった。そして今回、フェラーリは、自分たちのクルマはパーソナル・カーだから一人で運転するべきだ、という方針を明確に打ち出して、一人に1台ずつの試乗車を用意してくれた。粋な計らいである。
さっそく運転席に乗り込むと、基本はローマ・クーペとまったく同じインパネが目の前に拡がったが、細かな操作系がアップデートされており、使い勝手がかなり良くなっていた。たとえば、ステアリング・ホイール上のタッチ・スイッチが、これまではツルツル滑って操作しにくかったのが、新たに刻み目がついてスワイプし易くなっている。これはプロサングエから導入されたものだが、フェラーリはここにきて急速に進化のスピードを速めた感がある。
それを決定的に実感したのは、走り出して間もなくのことであった。実は、これまで日本で何度か試乗したローマ・クーペは、その優雅なスタイルとは裏腹に、乗り味はピュア・スポーツ志向の強い、シャープな切れ味のステアリングと硬い足回りを持った、ワイルドなスポーツカーという印象だった。だから、今回も少し身構えていたのだ。
ところが、スパイダーは動き出しからして荒々しさなど微塵も感じさせないほどスムーズそのもので、ステアリング・フィールにも鋭敏すぎるところはなく、驚くほど洗練された乗り味の、見た目通りの優雅なスポーツカーに仕立てられていたのである。特筆すべきは乗り心地の良さで、特別な電動アダプティブ・ダンパーを使った足回りを持つプロサングエとまではいかないものの、明らかにこれまでのローマ・クーペが目指していた硬派のスポーツカーのスタイルとはまったく違う方向の、しなやかに動く足を志向していると感じられた。プロサングエをつくったことで、フェラーリの哲学が変わったんじゃないか、と思えるくらいの変化が感じられたのだ。そこで思い出したのは、かつてフェラーリが、当時の持てる技術の粋を結集してスーパースポーツカーのエンツォ・フェラーリを世に出した後、通常のプロダクトも明らかにスポーカーとしての品質のレベルが一段上がったことである。エポック・メイキングなクルマというのは、クルマづくりを大きく進歩させるのだ。ボディの剛性感といい、しなやかな足の動きといい、ステアリングの正確さといい、基本的なシャシー性能が素晴しく高いから、ローマ・スパイダーは運転していてこの上なく気持ち良かった。オープンカーだからこそ、いつも以上に満喫できるV8エンジンの回転数を上げるにつれてドラマチックに変化するフィールやサウンドも、その気持ち良さにさらに拍車をかけてくれた。
もうひとつ、風仕舞いの巧みさも、特筆ものであったと強調しておきたい。オープンカーは風が入ってこなくても、入りすぎてもダメなのだ。このスパイダーには、+2座の背の部分に、ボタンひとつで前向きに跳ね上がって水平になるウインド・ディフレクター(仕舞うときは手動)が装備されていたが、その単純な装置が効いているのか、まさに程よい風を感じながら海辺の道をクルージングする気持ち良さは格別だった。しかし、圧巻だったのは、やはり山岳路でのフェラーリのスポーツカーならではのダイナミックな走りだったと断言したい。ワインディング・ロードでの走りがあまりに気持ち良かったので、写真を撮るふりをして隊列を離れ、何度も往復してしまったほどだ。優雅さとスポーティさが程よくバランスしていて、スポーツでもレースでも、どんなドライビング・モードを選んでいても、決してピーキーになることはない。しかし、その一方で、素晴しいV8サウンドはもちろん、風の音やその感触も含めて、五感で存分にダイナミック走行の醍醐味を享受することができる、絶妙のさじ加減でチューニングされたスポーツカーだと思った。こんなに気持ちのいいスパイダー、乗ったことがない。単に過去を甦らせただけで、こんなものがつくれるわけがない。フランスの詩人、ポール・ヴァレリーの言葉じゃないけれど、「湖でボートを漕ぐように、後ろを向きながら未来に進んでいく」からこそ、こんな傑作が生れたのだろう。フェラーリ、凄いぞ!文=村上政 写真=フェラーリS.p.A■フェラーリ・ローマ・スパイダー駆動方式 フロント縦置きエンジン後輪駆動全長×全幅×全高 4656×1974×1306mmホイールベース 2670mm車両乾燥重量 1556kg(軽量オプション装備車)エンジン形式 直噴90度V8DOHCツインターボ排気量 3855ccボア×ストローク 86.5×82.0mm最高出力(システム計) 620ps/5750-7500rpm最大トルク 760Nm/3000-5750rpmトランスミッション デュアルクラッチ式8段自動MTサスペンション(前) ダブルウィッシュボーン/コイルサスペンション(後) マルチリンク/コイルブレーキ(前後) 通気冷却式カーボン・セラミック・ディスクタイヤ(前/後) 245/35ZR20/285/35ZR20車両本体価格(税込み) 3280万円
(ENGINE2023年12月号)
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