2024.01.14

CARS

ベントレー・フライングスパーで泊まって名建築が愉しめる軽井沢の注目スポット「ししいわハウス」を訪ねる!

極上のW12気筒エンジンを積むベントレー・フライングスパー・スピード。

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東京と軽井沢を往復する「ちょっと変わった」ベントレーの試乗ツアーが行われた。どこが変わっているのかというと、軽井沢では著名な建築家が手がけたホテルに宿泊するという。クルマだけでなく、この2日間は充実した幸福な時を過ごそうという計画らしい。はたしてどんな旅が待っているのか。

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最後の12気筒エンジンの味

「このエンジンがなくなるのかぁ」

いきなり結論めいた話になるけれど、2日間のツアーはベントレーの象徴とも言えるW12気筒エンジンを存分に味わい、そして別れを告げる旅になった。帰りの関越自動車道でフライングスパー・スピードを走らせながら、思わずつぶやいてしまったのがこの言葉だ。



W12気筒は2024年の春には生産を終えることになっている。

このエンジンが登場したのは2000年代のはじめ頃。思えば24時間連続走行の世界記録を樹立したフォルクスワーゲンのコンセプトカー、W12ナルドの世界初公開は2001年の東京モーターショーだった。フォルクスワーゲンの旗艦としてW12を積んだフェートンがデビューしたのはその翌年だ。


ゴルフにも積まれていた狭角V6エンジンのVR6を2つ組み合わせて12気筒エンジンをつくるという、簡単なようでいて難しいアイディアを市販まで持っていくことができたのは、当時、フォルクスワーゲン・グループの会長だったフェルディナンド・ピエヒの剛腕があったからだろう。

 12気筒を積む試乗車のフライングスパー・スピードの室内は、ボディカラーに合わせてブラックとレッドで彩られていた。スパルタンな黒に情熱の赤。

ピエヒにラグジュアリー市場に進出するという野望があったのは間違いない。しかし、画期的な12気筒をつくるというエンジニアとしての意地もあったと思う。

これはもう想像だが、ピエヒくらいの人物なら、12気筒エンジンのクルマを走らせる喜びの世界も知っていただろう。ビッグサイズのどこまでも走って行けそうなGTサルーン。メルセデスのSクラスやBMWの7シリーズようなラグジュアリーなフラッグシップ・サルーンがつくりたかったのでは、と妄想すると、同じクルマ好きとしてはなんだか嬉しくなる。ついに日本に導入されることはなかったけれど、実際、VWブランドでフェートンをつくってしまったのだからたいしたものである。

ビビッドな色使いでも品のある雰囲気が漂う。ダイヤモンド・キルトが施されたシートの素材は衣服に優しいアルカンターラだろう。ステアリングのリムは細く、これ見よがしなスポーティな演出もない。そういうところにこそ高級感が感じられる。


そんなフェートンと同じW12を積んだコンチネンタルGTが、新生ベントレーの象徴的存在としてデビューしたのは時を同じくする2002年、翌年の終わりには日本でも発売された。それからもう四半世紀近くが過ぎたことになる。最初はコンチネンタルGTの4ドア版として登場したフライングスパーだが、2013年からはコンチネンタルが取れて独立したモデルになった。現行型になったのは2019年からだ。

現在のフライングスパーでW12を搭載するのは試乗車のスピードとスピード・エディション12の2つのモデルだ。ベントレー全体でももうコンチネンタルGTにしか残っていない。ちなみにエディション12はW12の最後を飾るべく用意された限定モデルだ。

最もスポーティなモデルが6リッターW12のスピードというわけだが、4ドア・サルーンのフライングスパーに乗っていると、635馬力の最高出力も900Nmの最大トルクも正直どうでもよくなってくる。

いや、誤解されるとまずい(笑)。どうでもいいのではなく、もっと大事なものがある。フライングスパーに求めるのは、単なる速さではなく、どれだけ満ち足りた時が持てるかだ。



速いだけではだめで、速さの質がベントレーらしくなくてはいけない。突き抜けるような絶頂感は必要ない。タイトロープを渡るようなヒリヒリした緊張感もいらない。望むのは余裕だ。いっぱいいっぱいと感じさせない余裕のある加速。重量級のボディを驚くほど安定させた余裕のある乗り心地。過敏なところが一切なく気持ちよく曲がるハンドリング。そうした走る、曲がる、止まるというクルマの基本性能のすべてにおいて、絶対的な余裕を感じさせるところがベントレーの最大の魅力だと思う。


なかでも12気筒エンジンの存在は特別だ。マルチシリンダーの素晴らしいことと言ったらない。アイドリングは蜜蜂の羽音のようなハミングが聞こえるだけで、振動は皆無。隔壁を通してかろうじて遠くの方で爆発を繰り返すエンジンの存在が確認できるだけだ。



速度を上げると音は大きくなるが、やはり振動はほとんどない。さらに回転を上げると鼓動はどんどんきめ細やかになり、やがて点が線になったような不思議な感覚になる。しかし、アクセルは目一杯踏み込む必要はない。どんな速度からでも、濃密で余裕のある十分な加速が得られるからだ。

W12を積むフライングスパー・スピードが、実はゆっくり走っても一番幸せな時が過ごせるベントレーかもしれない。軽井沢ではV8のコンチネンタルGTCにも乗ったが、個人的な好みは断然、フライングスパー・スピードの方だった。




住むように滞在する

さて、充実した時を過ごそうという今回の軽井沢ツアー、ベントレー・ジャパンが宿泊場所として用意したのは軽井沢の長倉にあるししいわハウス軽井沢という少し変わったホテルだった。どう変わっているのかというと、ホテルとしてひとつの建物があるわけではなく、独立した3つの建物があり、しかもそれぞれ別々の建築家が設計を手がけることで、従来のコテージ的発想とはまったく違う場所になっているという。名称にも「ハウス」とあるように、ホテルというより、別荘を行き来するような感覚だ。

プロジェクトに参画している建築家もそうそうたるメンバーで、坂茂氏が2棟、西沢立衛氏が1棟を手がけている。わざわざ建築家に設計を依頼したのは、建築が人間の精神面に多大な影響を与えることを重要視したからで、「住むように滞在する」ことで心と体を健全に保つことができると考えるからだ。

 建築家、坂茂氏の設計によるSSH No.02と名づけられた建物。ハイライトはこの2階のパブリックスペース。メインダイニングの「ザ・レストラン」では、トラスを組み合わせた坂氏ならではのデザインを楽しみながらワインと軽井沢の美食が堪能できる。1階には12部屋の客室もある。

これはまた、建築家同士がオリジナルの発想で地域も含めた設計をすることで、新しい場所を創出する「デザイン・アーキテクト」という考え方にもなっている。様々な建築家が参画する現在渋谷の再開発はまさにこの発想で進められているが、同じように個性を異にする建築家それぞれが軽井沢にふさわしいと考える建物を建て、その集合としてリゾートを形成するししいわハウスには、新しい軽井沢の拠点になる可能性があると思った。


今回はディナーを坂氏が手がけた棟で、宿泊は西沢氏が設計した棟で体験した。特に興味深かったのは西沢氏の手による宮造のような建築だ。外壁には焼杉が使われているが、室内は天井、壁、床、置かれている家具にいたるまですべてにヒノキが使われており、まるで森のなかにいるのではと錯覚するほどだった。心が洗われるというのはこういうことなのだろう。そこには建築の力が確かにあった。

伝統的な日本の旅館を現代の解釈で表現したのが、建築家、西沢立衛氏のSSH No.03だ。外壁の焼杉の黒が建物全体に落ち着いた印象を与えている。各客室は回廊のような外廊下で繋がっており、高床式の構造は神社や寺をイメージさせる。


ベントレーは近年、「ウェル・ビーイング」というテーマでクルマ以外にも環境保護をはじめとした様々な活動を行っているが、今回の旅ではフライングスパー・スピードに乗ることで、建築と同じようにクルマにも人を幸福にする多大な影響力があることを再認識した。特にW12にはそういう魅力がある。なくなるのが惜しいが、未来に希望があることはこの旅で発見できたと思う。ししいわハウスのように、軽井沢は変化することで新たな魅力をつくろうとしている。それと同じようにベントレーにも変化することで見えてきたEVという未来がある。12気筒との別れを惜しみつつ、ベントレーらしい未来がどんなものか楽しみに待とうではないか。

文=塩澤則浩(ENGINE編集部) 写真=望月浩彦

(ENGINE2024年2・3月号)

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