2024.02.05

CARS

抱腹絶倒! 自動車評論家の清水草一氏がかつて語ったフェラーリとの出会いとは?【『エンジン』蔵出しシリーズ/フェラーリ篇】」

愛車の328GTSと清水草一さん。

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ふたりの伴走者

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私のフェラーリ・ライフには、運命的な伴走者がいる。

ひとつは、“謎の快音マフラー”こと『キダスペシャル』。池沢さとし先生が購入された348に装着されていたそれは、あまりの快音で私を失禁寸前に追い込んだ。いったいこれは何なんだ、こんなマフラーが存在したのか! それが、謎の職人・喜多豊氏が作るキダスペシャルだった。

当時の日本は、あらゆる意味でパワー(=速さ)至上主義。後付けマフラーも、ノーマルより速くなることが絶対だった。しかしキダスペシャルは、音を第一に開発されていた。コペルニクス的転回である。

キダスペシャルの排気音はまさしくNOTE=旋律。

喜多さんはもともと、暴走族用の爆音マフラーを生産していたため、そのノウハウを生かし、パワーより音重視のマフラー作りを行うことができたのだ。そこには日本土着のココロが込められている。イタリアの芸術に、日本の侘び寂び爆弾が加わる。私は348、512TR、360モデナ、そして現在の328GTSにキダスペシャルを装着し、日伊の美の融合に酔っている。

キダスペシャルの快音は、マフラー業界に大いに影響を与えた。現在はもう、パワー重視を謳うマフラーなどない。すべて快音だけを追い求めている。近年フェラーリ本社も、ノーマルマフラーでの超快音(高回転での超絶炸裂音)を目指しているが、それもキダスペシャルの存在が遠因だったのではないか。

もうひとりの伴走者は、元ナイトインターナショナル店長、現コーナーストーンズ代表の榎本修氏だ。

15年前私は、紹介で偶然、ナイトインターナショナルを訪れた。そこにいたのが榎本店長だ。


彼はその時、カローラに乗っていた。「僕もフェラーリが欲しいんですけど、中途半端なクルマに乗ると、遠回りになっちゃいますから」。

それは私の考えとまったく合致していた! 私はフェラーリを知って以来、フェラーリでなければ全部同じと悟りを開き、節約のため日産ADワゴンに乗っていたのである!

もともと白のTRが欲しかったところに、ひょっこり出物があったため、半年で乗り換え。TRは弱アンダーでサーキットでも非常に乗り易く、トゥビの原爆マフラーを装着し12気筒の炸裂で絶頂に達しまくった。


私は彼から最初の348を買った。以後、すべてのフェラーリを彼から買っている。

彼は私のような庶民派フェラーリ予備軍を、自分の同志として歓迎し、背中を押し続けている。それは、私が結果として招いた日本におけるフェラーリの大衆化と、パーフェクトにシンクロする活動だった。

榎本氏が私に売ったフェラーリは、恐らく彼にとって十数台目だったが、その後彼は15年間で1000台以上の中古フェラーリを販売し、フェラーリ販売のカリスマとなった。


生涯をフェラーリに捧ぐ

私はフェラーリを、クルマではなく芸術、そして宗教と捉えている。フェラーリは、メカ解説など些事として後方に押し流してしまう、巨大な情念の奔流なのである。

時折、迷いが生じることもある。最近のフェラーリはマーケティング的だとか、たまにはフェラーリではなくマセラティに乗ってみたいとか。しかしその都度、私は思い直す。フェラーリは私の確信であり戒律なのだ。乗り続けることで、必ずや最終的な幸福をもたらしてくれる、と。

願わくば生涯をフェラーリとともに生き、フェラーリとともに死にたい。フェラーリであればすべて善し。

文=清水草一 写真=阿部昌也

(ENGINE2008年12月号)

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