2020.04.11

CARS

【ガレージ取材】愛らしい2台のドイツ製バブル・カーに首ったけ ツェンダップ・ヤヌスとBMW600

最初からバブル・カーにご執心なのかと思いきや、BMWのヒストリーをたどるうちに、傾倒していったという入佐俊英さん。無意識のうちに誰も到達しなかった高みに立ってしまった。
ガレージは入佐さんの自作。


「エンジンさんの誌面は、かなりファッション性の高いものになっていますね。自動車雑誌という雰囲気ではないので、私のクルマは、ちょっと場違いのような気もします」


そう謙遜しながら、我々を仕事用の正装で出迎えてくれた入佐さんは、2台のバブル・カーと呼ばれる欧州生まれの軽自動車よりも小さなコンパクト・カーを愛用している。1台はBMW 600、もう1台はカルト・カーと呼んでもいい非常に稀少なツェンダップ・ヤヌス。どちらも第二次世界大戦後に自動車の生産が限定されていたドイツ製のモデルだ。ツェンダップは戦前に誕生したオートバイ・メーカーで、ヤヌスは1957年と58年の2年間だけ製造された。映画"カーズ2"のザンダップ教授のモチーフになったクルマといえば、ピンとくる人が多いかもしれない。


ガレージがあるという入佐さんの会社内で撮影させてもらうことにしたが、現場に着いてみたらガレージらしきものはなく、駐車スペースにあるのは仕事用の商用車ばかり。バブル・カーの姿はどこにもなかった。


本当にここに置いてあるのかな?というこちらの不安気な気持ちを察してくれたのか、入佐さんが敷地の端を指さす。その方向には間口の狭い、バブル・カーとはいえ2台のクルマを収納できるとは思えないとても小さな建物があった。もちろん、建物には気づいていたが、まさかクルマが入っているとは思わなかったのだ。


慣れた手つきで建物の入口にある扉を外しながら、「このガレージは、自作したんですよ」と笑みを浮かべながらガレージの中を見せてくれた。その奥には2台のバブル・カーがきっちりと収まっている。小さな出入口から手慣れた手つきでまずはヤヌスを外に出し、続いてBMW 600もガレージからその姿を現した。


バブル・カーといえばメッサーシュミットKR200など3輪車をイメージする方が多いと思うが、入佐さんが愛用しているのは2台とも4輪モデルだ。



入佐さんによると、このクルマのほかに水戸と沼津、そして練馬に1台ずつあるそうだ。お互いに交流があって、入佐さんが部品を融通したりするという。また、名古屋でクラッチ操作が不用な"サキソマット"仕様のBMW 600を見たこともあるという。



エンジンは2輪のBMW・R67に搭載されていたものをベースとした、582ccの空冷水平対向2気筒OHV。こちらは1959年式である。


実はもう1台ある!?

先に購入したのはBMW 600。驚いたことに、さらに同じクルマをもう1台所有しているという。


「このBMW 600は2011年に購入しました。実はその数年前に別のBMW 600を入手していて、自分でレストアしようと作業を進めていました。ボディだけでなく、エンジンやフレーム、書類までしっかり揃っていて、けっこう本気だったんです。ところが、レストアを開始してから3年目、修復に必要なパーツを手に入れることができないなど壁にぶち当たりまして……。そこで一旦、レストアするのをあきらめることにしました。あれがそのもう1台のBMW 600です」


レストアしようと思って買ってみたものの、壁にぶち当たってあきらめてしまったBMW 600のボディが保管されていた。


入佐さんの指の先には、丸っこいドンガラ状態になったBMW 600の赤いボディが仕事用の棚の上に積まれていた。


「さて、これからどうしようかなと思っていたら、2011年の震災の後にBMWイセッタ300が売りに出たんです。残念ながらこれは購入できませんでしたが、そのあと、同じオーナーさんが今度はBMW 600を手放すということがわかりました。そのことを知った翌日、早速、新幹線に乗って岩手の平泉に向かい、オーナーさんに直接交渉をさせていただきました。何人かの方が購入の意思を示していたようですが、私はBMW 600の部品を持っています。だから明日動かなくなっても自分でなんとかできるので大丈夫です。ご安心くださいとアピールした結果、念願かなって、私に譲ってもらえることになりました。自分の手でレストアすることは叶いませんでしたが、ボディ、エンジン、フレーム、書類を揃えておいてよかったです」


こうして入佐さんの元に完調なもう1台のBMW 600がやってきた。「新たに手に入れた2台目を見てレストアが完了したのだと勘違いした妻は"できたのね"と言ってましたけど(笑)」


奥さまに「これは別のクルマ」だと伝えたのかどうかは聞きそびれたが、念願の"動く"BMW 600を手にすることができた入佐さんはその後、バブル・カーの魅力に取りつかれていく。ネットでは何かにどっぷりハマってしまうことを"沼"という言葉を用いて表現するが、まさに入佐さんはバブル・カー沼のさらなる深みにハマってしまったのだ。



ドアを開けると黒山の人だかり

どういう仕組みで動いているのか入佐さんもまだ把握していないらしいが、メーター内にシフト・ポジションを表示するアナログのインジケーターがあり、シフト・チェンジと連動し、ちゃんと今でも動いているそうだ。納車後、しばらくしてから、このインジケーターの存在に気づいたらしく、最初のうちは何速で走っているのか分からなかったという。
車体の中央部分に搭載されているエンジンは空冷2ストローク単気筒で、排気量は245cc。大変貴重な現車は1957年式だ。

その結果、入佐さんはBMW 600に続き、バブル・カーの禁断の果実とも呼べるツェンダップ・ヤヌスを買ってしまったのである。おそらくドイツ本国をはじめ世界には数十台で、日本にはコレ1台しか存在していないと思われる超レアなクルマだ。そんな稀少なクルマをどうやって入手したのか?


「どうせバブル・カーに乗るなら究極の一台が欲しいな、と思うようになり、ヤヌスを探し始めました。最初はドイツのエージェントに頼んで探してもらっていたのですが、なかなか売り物が出てこなくて、このクルマはオランダに居る別のエージェントに依頼し、見つけてもらったものです。ほかの人の手に渡らないように一報をもらってすぐにお金をユーロで振り込み、日本へ運ぶ手はずを整え、船に積んでもらいました。いまから3年前の話になります」


クルマの状態はとてもよく、現在に至るまで大きく手を加えたところはないという。


「ただ、左のフェンダーにある"janus 250"のエンブレムは自作です。資料を基に糸ノコで製作しました」


車体前方にある運転席のドアだけでなく、後部ドアもフロントと同じ角度で開く。このように前後が対称になっていることから、前と後ろに反対向きの2つの顔を持つのが特徴のローマ神話の双面神"ヤヌス"の名が与えられた。
後部座席は後ろ向きに配置されており、前後シートのレイアウトを変更するとフラットになって車内で寝ることができるという凄いギミックも備わっている。可動車は世界で20~30台ほどと言われており、日本ではこの1台だけが登録されている。

手元に来てからはヒストリック・カーのイベントなどに参加。ただ展示してあるだけでは大きな注目を集めないが、前後のドアを開いた瞬間"なんだなんだ"と黒山の人だかりができるんですよと笑う。


「ヤヌスをイベントに展示すると、このクルマを見てくれた人が年齢や性別を問わず、みんな笑顔になるので、とても嬉しいですね」



実はBMWがきっかけ

BMW 600だけでは満足せず、ヤヌスまで買ってしまったのだから、入佐さんが熱心なバブル・カー・マニアであることは間違いない。しかし、車歴を伺ってみたら、バブル・カー一辺倒ではないことが分かった。「若いころからクルマは好きでしたね。その後、仕事でBMWとのお付き合いがはじまったのをきっかけに、BMW 535の中古を買ったんです。もう、ずいぶん昔の話ですね。そこからはもう、BMWばかりを所有しています。いま愛用しているM3が9台目のBMWです」


とにかく調子がよく、今でも時々乗るたびに名車だなと思うという。「バブル・カーに夢中になったのは、好きなBMWのヒストリーを調べているうちにイセッタの存在を知ったことがきっかけでした。その後、たまたま近所でイセッタを見かけてしまったこともあり、買わずにはいられなくなってしまったのです」


BMWが縁で始まった入佐さんと2台のバブル・カーの生活。周囲を笑顔にするハッピーなカーライフはまだまだ続きそうだ。


雨をしのげる場所に置いてあったが屋外で保管しているため、スペア・ボディではなく、すっかりオブジェになっているというのが現状だろう。2012年に購入したというダットサン211もBMW 600と同じ1959年式。ちなみに入佐さんも1959年生まれ。ダットサン211の新車カタログに父親が登場していたこともあり、思い出のクルマとして買ったらしい。


初代BMW・M3は前オーナーがしっかり整備していたおかげで、いまも完調。1924年式T型フォード・セダンは映画"アルキメデスの大戦”に出演している。


文=高桑秀典 写真=山下亮一

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