2021.02.11

CARS

「クラシックの嗜みとは歴史を継ぐこと!」 ポルシェ356スピードスター、356プリA、73カレラ2台など珠玉のポルシェと暮らすオーナーの、ポルシェへの思いとは?

58年式のスピードスターと52年式最終プリAと隅本さん

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疑惑の73カレラ

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現在のように空冷ポルシェの相場が異常な高値になってはいない頃、とはいえ、探してすぐに見つかるようなクルマでもなかった。73カレラは見つからず、代わりに67年式ナローの911Sタルガを手に入れた。隅本さんにとってそれが初めての旧車であり、空冷ポルシェだった。

クラシック・カーの世界ではよくある話だけれども、クルマを買った人の元へ良い話が続々と舞い込む。ナローを買った途端、あれだけ探しても見つからなかった73カレラの売り物があるという情報が入った。赤に黒いストライプの個体だった。

隅本さんはその縁を逃さず、ついに73カレラのオーナーになった。ところがその個体のことを調べれば調べるほど、来歴に疑問が湧いた。クルマ仲間の集まりでも妙な点をいくつも指摘されてしまった。クラシック・ポルシェの世界では有名なルートから買った個体にもかかわらず。不審が募る。

その一方で、偽物だ! と周りが勝手に騒ぐけれど、クルマそのものには満足する自分もいた。何しろレンシュポルトだ。サーキットを走ることも多かっただろうし、エンジンがブローしたり、ミッションを壊したり、ボディ・パネルを交換したりということは日常茶飯事だったに違いない。それに昔は価値がこんなに上がるなんて誰も思っていなかった。隅本さんも頭ではそう理解していた。

感情と理性が混じり合うなかで、ナロー2台持ちと言う人も羨む生活を送っていた隅本さんにある時、予期せぬ出来事が起きる。どこでどう自分の噂を聞きつけたのか、東京のとある業者が「正真正銘、本物の73カレラがあるので一度お宅の個体と並べてみないか」と、わざわざ積載車に載せて芦屋の自宅までやってきたのだ。想像するに、どうしても早く売る必要があったに違いない。

73年式のカレラRSが2台、それも日本1号車と2号車が揃う。中でも白い方の1号車(#077)は初期生産500台のうちの一台でマニア垂涎のコレクターアイテムだ。一方の2号車(#552)もアーバジンという珍しいオーダーカラーを纏っている。

やってきたのが白い73カレラRSで、なんと、その昔にカーグラフィック誌の表紙を飾った日本向け1号車、それもマニア垂涎の初期ロット500台中の1台だった。隅本さんが最初に買った赤い個体も、ボディはどうやら本物らしかった。けれども実際に2台を並べてみれば、発するオーラがまるで違う。オーナー心理の綾を超えた何かを、白い個体は持っていたに違いない。

当時としては高い相場で白い個体を引き取った。周りからは高過ぎると言われたが、グローバル相場をチェックしていた隅本さんには適正な取引価格に思えた。案の定、73カレラRSの取引相場はその後、もう一段も二段も上昇していくことになる。

さらに隅本さんのガレージを見た件の業者が、アーバジン(茄子色)という珍しいボディカラーの73カレラ日本2号車があるから、隅本さんの67ナローと赤い73カレラの2台とを抱き合わせて交換しないか、という話を持ちかける。2号車はかなりの改造車で売却に困っているようだった。隅本さんは快諾した。

2号車は初代オーナーがサーキットを走るために、当時のポルシェ純正レーシング・パーツを使ってほとんどRSRのように仕立てあげた個体だった。フラット6エンジンは2.7リッターから2.8リッターへボア・アップされ、後に3.4リットルのコンプリート・エンジンに換装された。その2.8リッター・エンジンは、初代オーナーが同時に所有していた同じくアーバジンのナロー911Eへ載せ替えられていた。

そのまま2台とも引き継いだ二代目オーナーの後、行き別れとなっていたが、紆余曲折あって昨年、2.8リッター・エンジンが元の鞘に治った。周りからはすべてオリジナルに戻せと言われているが、隅本さんは初代オーナーのこのこだわりをできるだけキープしたいと思っている。



58年式のスピードスターにしてもそうだ。実はこの個体も有名なコレクターの元所有になるもので、本誌にも登場したことがある。スピードスター・ブルーの外装色をはじめ、元オーナーの好みに合わせて後から手を加えられ、その至極のコレクションの中にあって尚、最も愛された個体だった。それゆえ、隅本さんはそのまま引き継いで乗っている。

クラシックの嗜みとは歴史を継ぐことにあると隅本さんはいう。そして、ポルシェとはフォーマルにもカジュアルにも使える格好良さの象徴だと断言した。小さいけれども大きなものに負けない強さもまたポルシェの変わらぬ魅力だ、とも。

海外から隅本家にやってきたばかりの52年式最終プリAは、果たしてどんな物語をこれから紡いでいくのだろう。

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文=西川淳 写真=望月浩彦


(ENGINE2021年1月号)

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