スーパーカーに憧れ、スーパーカーを手にしたら、やはりスーパーカーを収めるガレージも欲しくなるというもの。スーパーカー建築家と呼ばれる倉島さんのもとへは、数多くのスーパースポーツカー愛好家たちから、夢を叶えて欲しいという声が届くという。
倉島理行さんの肩書は、一級建築士、そしてスーパーカー建築家だ。スーパーカーとともに暮らす家づくりを手掛けているうちに、スーパーカーの世界でその名が深く静かに伝播して、昨年はついにフェラーリ正規ディーラー(グランテスタ長野)の建設まで請け負ったという、ある意味究極の立身出世を果たした方である。
いや、ご本人にはそんなつもりはなく、ただ単にスーパーカーブーマー世代の、クルマが大好きな建築士に過ぎなかったのだが、あれよあれよという間のローリングストーンで、そういうことになった。
実は私も13年前、倉島さんに自宅の車庫を改造してもらっている。我が家の車庫は既製品のカーポート、つまり屋根だけついた開放型で、そこにフェラーリを置き、ボディ・カバーを二重掛けしていた。「ガレージにかけるカネがあればクルマにかけろ!」という信念を持っていたので、それで充分だと思っていた。
ところが倉島さんを取材した際、「その状態を生かして、電動シャッターを付けたりできますよ」と勧められた。まさか既製品のカーポートに? と思ったが、それがまるで魔法のような低価格で実現し、以来、私はクルマが雨に濡れないガレージライフを得たのである。
当時倉島さんは、「こんなに狭小なガレージを作ったのは初めてです」と語ったが、しかしそんなガレージでもまったく手を抜かず、いかに安く、いかに満足させるかを真剣に考えてくれた。その姿勢が胸を打った。
確かに我が家の車庫は狭い。クルマが458イタリアになった時は、車体左側に来るシャッターを閉める際、左右の余裕は1~2mmしかなかった。たぶんフェラーリが入る車庫として、世界で最も狭いだろう。それが自慢である。
そんな狭小格安ガレージを作ってくれた方が、13年後にフェラーリ正規ディーラーを手掛けるところまで行った。まさにピンからキリ。すべては倉島さんの愛と技術と人徳の成せる業である。
倉島さんは当初、大手ゼネコンの設計士だったが、特殊な設計を手掛けたいと考え、「特殊建築物専門担当主任」に。28歳で独立し、地元・長野で一級建築士事務所を立ち上げた。
「最初は特にガレージというわけではなかったんですが、当時の大手ハウスメーカーは、内規でビルトイン・ガレージハウスが作れなかった。私はクルマ好きで、自宅もガレージハウスにしていましたから、自然と私のところにそちらの仕事が流れてくるようになりました」
クルマ好きなら誰だって、愛車と一緒に住む家を夢見るものだ。倉島さんの愛車は90万円で買ったポルシェ911(930型)に始まり、30歳で白いフェラーリ308GTBへステップアップ。自宅をガレージハウスにするのは、あまりにも自然な流れだった。
なにしろ自分が愛好者だから、引き出しの多さが違う。さいたま市に拠点を新設して首都圏に本格進出すると、顧客層とその要望は徐々に上方移行し、ついに究極にまで転がって行った。
「クライアントさんの層が高くなると、ガレージハウスの傾向ははっきり2つに分かれます。ひとつは趣味の秘密基地型。これはクルマを自分でいじる方の嗜好で、リフトや排気ダクト付きがスタンダードです。もうひとつがショールーム型。とにかく愛車を最高の状態に保って眺めていたい方はこちらです」
どちらも男の夢そのものだ。私の車庫は狭すぎてどっちも無理だが。
ところでガレージハウスを作る方は、最新モデルとクラシック・モデル、どちらが多いのだろう。
「私の場合、最新モデルだけ、という方はほとんどいらっしゃいません。逆にクラシック・モデルだけ、というお客様はかなり多いです。新旧揃えている方も多いですけれど」
それは意外。常に最新・最速かつスペシャルなスーパーカーを買う人こそ、ガレージハウスも最高に凝りそうな気がするのだが。
「今どきのモデルの場合、白い壁とシャッターがあればOK、という部分がありますよね。逆にそういう無機質な方が似合うかもしれません」
言われてみれば……。
「でもクラシック・モデルは、なにか雰囲気を作りたくなる。たとえば古いイタリア車なら、イタリアの納屋をイメージしたり。静かな和の雰囲気もいい。どこか凝った内装にしたくなりますよね」
倉島さん自身のクルマ趣味はクラシック寄りで、しかも自分でいじるタイプだから、ガレージは秘密基地型である。
現在所有する趣味車は4台。1台目は、フェラーリ308GTBから買い替えた360モデナF1だ。クラシックからモダンへの買い替えだったが、それでもネオ・クラシック入りが近い。基本的にサーキット走行用のため、レーシング・バケットシートにフルハーネスを装備し、バンパーは跳ね石による傷だらけ、走行距離はすでに11万kmを数える。走り倒された歴戦の勇士である。
普段の移動にも使用するフィアット・ジャンニーニは、地元・長野でたまたま見つけた。
「何の気なしに走っていたら、扉の奥に、ジャンニーニらしきエンブレムがちらっと見えたんです。急いでクルマを止めてピンポンして、『これ、ジャンニーニですよね?』って。ボディはボロボロでしたけど、なんとか直せるんじゃないかと思って、『譲ってもらえませんか』って申し入れました。オーナーさんは、おそらく相場をあまり知らなかったんでしょう。言い値がビックリするほど安かったので、急いでコンビニで現金を下ろして、その場で買っちゃいました」
それをレストアし、通勤にも使えるくらいにパリパリに仕上げたが、主な目的はクラシックカー・ラリーへの出場だ。
しかし実はジャンニーニは補欠で、主役はリフトの上段にあるポルシェ356A1600なのだ。
「以前は59年型の356Aと、64年型の356Cの2台を持っていたんですが、イタリアのミッレミリアに出るためには、57年より古くなけりゃいけない。だからその2台を売って、この57年型の356Aに買い替えました」
つまりジャンニーニは、356Aの調子が悪くなってラリーに出場できない場合のスペアマシンの役割も持っている。それを通勤にも使って骨の髄まで味わうとは、まさに筋金入りのカーマニア。
最後は黄色い初代ボクスター・エクスクルーシブ。思い入れのある東京モーターショー限定モデルで、こちらはヒルクライム用というから、すべてはっきりした目的があって所有されていることに驚く。
ところで、最近のガレージハウス作りに、なにか新しいムーヴメントはあるのだろうか。
「EVですね。私のカスタマーの場合、クルマが3台あれば1台はEVになりつつあります。今はまだお持ちじゃなくても、みなさん近い将来導入するつもりなので、ガレージに200V電源は必須です」
思えば、スーパーカーのハイブリッド化も始まっている。富裕層は世の中の流れに逆らわない。
「今は新型コロナで大変な状況ですが、ありがたいことに私どもの仕事は、前年比で大幅増です。ガレージへのお金のかけ方も上昇する一方で、素材もコンクリート打ちっぱなしからタイル張りへ、そして今はカーボンファイバーへと進んでいます。世の中にはとんでもないお金持ちがたくさんいて、スーパーカーの世界はますます天井知らずだなぁ、って思います」
そんなことを言いつつ、あくまで穏やかな倉島さんなのだった。
文=清水草一 写真=阿部昌也
(ENGINE2020年12月号)
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