2023.12.17

CARS

911を超えるミドシップ・ポルシェなのか? ボクスター・スパイダーはどんなポルシェだったのか?【『エンジン』蔵出しシリーズ/911誕生60周年記念篇#11】

ポルシェ・ボクスター・スパイダー(2010年型)。

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上半身と下半身

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ボクスター・スパイダーが搭載する3.4リッターの直噴型6気筒ボクサー・ユニットは、ケイマンS用と同一で、ということはボクスターS用をパワーで10ps、トルクで10Nm上回る320ps/7200rpmと370(37.7kgm)/4750rpmを発揮する。

オプション・レスで1310kgの車重がボクスターS(とケイマンS)より80kg軽いことは述べたが、減量ぶんの内訳を述べれば、ソフト・トップの手動開閉化とフェアリング付きリア・フードをアルミ製にしたことでマイナス21kg、左右ドアの外板をアルミに変えて15kg減、燃料タンク容量を64リッターから54リッターに減らして7kgマイナス、専用の19インチ・ホイールがマイナス5kg、軽量バケット・シートを採用して12kg減、ドア内張りの簡素化によって1kg減、エアコンを取り外して13kg減などなど、だ。

走りの機能にかかわらないところは、どんどん省いたことがわかるが、なかでもソフト・トップとエンジン・フード、ドアの軽量化は、重心高を25mm低める結果に大いに貢献した。




重心高が低いことは、クルマのなにげない動きでわかる。ササ、ススっと前に、左右に、ボディがムダなく動く。ステアリングを切ってもロールしない。それは足をガチガチに固めてロールを拒否しているからではなくて、上が軽いのでローリングに訴えるまでもなく向きを変えることができてしまうからだ。停止状態からの出足も軽い。

上体が軽いから、動きはじめの「ヨッコラショ」がないのだ。中間加速にしてもおなじことで、したがって、加速時のテール・スクウォットも減速時のノーズ・ダイブもない。ボクスターSなどより、はるかに出足がよく感じるのは、いささか増大したエンジン出力のせいであるよりも、動きの質の軽やかさのおかげのほうが大きい。




もちろん、下半身サイドも貢献している。スパイダーのサスペンションは、バネ、ダンパー、スタビライザーのすべてが専用品で、かんたんにいえば、ボクスターより硬いセッティングだ。特筆すべきは、オプションでもPASM(ポルシェ・アクティブ・サスペンション・マネジメント=ダンパーの硬軟切り替え制御機構)が用意されないことだが、じっさいそのことに不便を感じることはなかった。

乗り心地は悪くないというよりも積極的にいいのだ。大きな舗装目地段差などでも、鋭い突き上げはなく、跳ねることもない。引き締まったフラット・ライドが一貫し、良路での足の動きはしなやかでさえある。もしかしたら、ポルシェのなかでもっともいい乗り心地かもしれない、と思ったぐらいだ。


サスペンションはボクスターSよりも20mm低く、それがそのまま車高減をもたらしている。この低さはスパイダーをカッコよく見せている大きな要素だけれど、上半身が重ければ、車高を低めてもボディの不安定感が増すだけだ。軽いからこそ、低い車高のネガが出ていない。

部屋じゃない

外気温1.5度の箱根の山の上でオープンにする。ま、寒くないことはないけれど、キャップをかぶり、襟巻きをしてグラヴをはめていれば、キリリと身が引き締まるぶん、運転にもより集中できる。寒い冬にヒーターでぬくぬくするのは文明生活の幸福感をもたらすけれど、スポーツカーは部屋じゃない。生きることじたいが仕事ででもあるかのような生活じゃない。それは、純粋なドライビング・ファンのためにつくられた芸術だ。そして、生活のための部屋は、むろん芸術ではない。

このエンジンは7500rpmまで軽々と伸びて行く。そして、4000rpmあたりを境に、そこから上の回転域ではいちだんと鋭く、澄んだサウンドを発するとともに、パワーの手応えが増す。6段MTがまた、このすばらしいエンジンを堪能するのにうってつけの仕上がりだった。2速で120km/hまで伸びるギアリングが、ワインディング・ロードで4000rpm以上のパワー・ゾーンを余すところなく使うことを奨励するのがうれしい。



シフト・ゲートは明快で、シフターは軽いがしっかりした手応えのある操作性を持つ。同様に、軽すぎない軽めの操作感のクラッチ・ペダルが、クラッチの断続感を明瞭に伝えることにも助けられて、すばやいシフトを積極的にすることじたいを楽しめるのだ。


ロック・トゥ・ロック2.5回転強のステアリングじたいは、ポルシェの伝統通りにとくにクイックではないけれど、シャシーの総合的なバランスが卓越しているので、コーナーにはたしかな接地感とともに、クルマ全体がシャープに切り込んでいく。パワフルなミド・エンジン車にもかかわらず、アンダーステアはまったく感じない。S字が連続するようなセクションでの身のこなしは、ほれぼれするほどソリッド、ダイレクトで、シャシーとボディのあいだにゴムが挟まっているかのようなもどかしさがない。



ボディ部とシャシー部が寸分のズレもなく動いている感覚がつねにある。ドライバー、ステアリング、シャシー、ボディ、エンジンのレスポンス・ループが、これだけタイトな一体感をつくっているスポーツカーが、ほかにあるだろうか、と僕は思った。あるとしたら、フェラーリ458イタリアか?


ボクスター・スパイダーは、ああいう華麗なタイプではないスポーツカーの芸術だ。芸術だから、とりあえずなくても生活には困らない。しかし、芸術は、非芸術的であるほかない生活を救済する。それが芸術の目的ではないだろう、たぶん。しかし、人生は芸術を必要としている。

文=鈴木正文(ENGINE編集部)

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(ENGINE2011年3月号)

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