2021.09.20

LIFESTYLE

【書評】美味しいピザと創造力 予約の取りづらいピザ・レストラン、「エンボカ」の物語が一冊の本になった


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吉村順三のチーフデザイナーの牧野清が自宅を設計したことで建築に出会った幼少期。60年安保闘争をかじった後、日大理工学部在籍中は、丹下健三の対極にあった反近代を貫く白井晟一に心酔した。「思想かぶれだった」と言うが、今井さんたち団塊の世代の青春の証のようなものかもしれない。

美味しいものなら何でも食べた

その後は日本画家、水谷勇夫や風刺画家、おおば比呂司と出会い、「美味しいものなら何でも食べた」と言うほど食通だった水谷やおおばに連れられて、日本全国を食べ歩いた。この頃の経験が、後にエンボカを始めるときに大いに役立ったと言うから人生は面白い。軽井沢生活、エンボカへとつながって行く今井さんの物語は、下手な偉人伝よりずっとわくわくする。



今井さんが考え出したエンボカのピザはオリジナリティに富んでいる。「絶対に人の真似はしない」というのが建築家であり、クリエイターとしての今井さんの信念だ。写真集の表紙にもなっているオクラのピザ。同書には、ほかにも菜花のピザ、タラの芽のピザ、たけのこ、ふきのとうと、まさに想像力をかき立てられるメニューの写真が並ぶ。写真は名物の蓮根のピザ。

本書には、今井さんが思い描く食の世界を実現するために、スペインへ当時はまったく知られていなかったイベリコ豚の生ハムの買いつけに行った話や、いかにしてエンボカのピザが出来上がることになったかなど、様々なエピソードが登場する。しかし、すべてがいいことばかりではなく、軽井沢の店が火事になったこともあった。それでもエンボカが続けられたのは、ピザを筆頭にエンボカの料理が常に刺激的で創造力に満ち溢れていたからではないかと思う。

それは、「次はどんなものをつくろうと、いつもワクワクしていた」と言う今井さんの言葉からも想像できる。本書のオビとして脚本家の三谷幸喜さんが書いている言葉がふるっている。

「深淵で、眩くて、ダイナミックで、未知なるもの エンボカのピザはテーブルの小宇宙」

これはもちろんエンボカの料理のことだが、今井さんのことでもあると思った。

enboca TOKYO 東京都渋谷区元代々木町16-16 Tel.03-5452-1699

そんな今井さんはいま、エンボカを弟子たちに任せた後、建築家として改めて第三の人生を歩み出している。いったいそのエネルギーはどこからくるのか聞いてみると、こんな答えが返ってきた。

「人生、死ぬまで楽しみたい」。さらに「フランク・ロイド・ライトは90歳でグッゲンハイム美術館をつくった。できれば自分もそうありたい」と。今井さんはエンボカの料理には「創造する楽しみ」があるというが、それは建築も同じなのだ。いや、今井さんは長い寄り道をした後、本来求めていた道として「もう一度建築をやろう」としているのかもしれない。それはそれでカッコいい生き方だと思う。

『enboca』ネコ・パブリッシング刊 5000円+税

文=塩澤則浩(ENGINE編集部) 写真=山下亮一(料理以外)

(ENGINE2021年9・10月号)

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