2020.03.20

CARS

『カーグラフィック』は僕たちの先生だった! 英国車好きは小林彰太郎さんの影響というオーナーのカーライフとは

ロードカーとレーシング、2台のジャガーEタイプがガレージに並ぶ。

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広いガレージができると、その分だけクルマを集めたくなる......というのは“エンスーあるある”のひとつだ。しかし、新谷さんはむやみやたらにコレクションを増やしているというわけではない。

新谷さんのクルマ遍歴はトヨタ・カリーナGTからスタートする。仕事で使う営業用にクルマが必要になり、本当はTE27レビンが欲しかったのだけれど中古車が見つからず、同じ2T-Gエンジンを積んだカリーナGTを選んだのだという。その後、新谷さんが最初に趣味グルマと呼べる1台を手に入れたのは1979年のことだ。

「昔からロータスに惹かれるものがあったので、最初はエランを探していました。でも当時エランS1、S2の売り物はなくて、せいぜいボロボロのS4があるくらい。しかもパーツ供給も不安定な時代でしたからね。ならばセブンだったら部品点数も少ないから維持が楽だろうと。ちょうど付き合いのあった東京のショップで働いていたイギリス人メカニックが国に帰るというので、向こうで買って送ってもらったんです」

こうしたレース活動の原点になったのが、最初に手に入れたケータハム・スーパーセブン。貴重な極初期のモデルである。

それが今もガレージに納まるケータハム・セブンだ。1976年製というこのセブンは、なんと生産番号6台目。当初セブンS4のライセンス生産をしていたケータハム・カーズが、今にも続くS3ボディへと先祖返りを果たしたファースト・ロットというべき1台なのである。

「ヒーターも付いていないショート・コクピットのモデルでね、車検を取るのに1年近く掛かりました。それでジムカーナに出ていたんですが、30年前のあるイベントでクラッシュしてひっくり返って死にかけたんですよ。1本目でトップタイムを出していたので優勝しましたけど(笑)」

確かによく見ると衝撃でステアリングが曲がっているなど、ボディの各所には、その時受けたダメージが残ったままの状態となっていた。「売らないから、いっぱいあるだけですよ」と、新谷さんは謙遜するが、ここにある1台1台には、思い入れと思い出、そしてしっかりとした役割がある。「1台で賄うのではなく、ジムカーナはこれ、サーキットはこれ、公道で愉しむのはこれ、という感じですね」

つまりこのコレクションも、玄人はだしのガレージも、ラ・フェスタ・ミッレミリアなどの公道イベントからジムカーナ、サーキット・レースのみならず、フォード・エスコートRSで全日本ラリー選手権OP-1クラスにまで出場するなど、あらゆるジャンルのヒストリックカー・イベントを楽しむために必然的に揃えられたものというわけだ。



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